ニューヨークでカルチャーとともに育ってきた世界的クラフトビールメーカー「ブルックリン・ブルワリー」が、日本で活動するアーティストをサポートするプロジェクト『Brooklyn Brewery Alternatives Project』(以下、『Alternatives』)をスタートさせる。1988年に創業され、アメリカのビール業界に変革を起こしたブルックリン・ブルワリーは、ブルックリンを拠点に、音楽やアート、ファッションなど、様々なカルチャーと関わりながら、ともに成長を続けてきた。そして、その哲学に共感する日本のアーティストともに、新たな価値観を生み出し、共有しようというのが今回のプロジェクトである。
その第一弾として、Yogee New Wavesの角舘健悟とのコラボレーションが決定。ヨギーの楽曲“Summer of Love”で歌われている「未知との遭遇」を掲げ、現在角舘が興味を持っている様々な領域のクリエイターとの出会いを通じて、新たな表現を模索し、それをメンバーシップ制のコミュニティで発信していくことが予定されている。今回はそのイントロダクションとして、ブルックリンブルワリージャパンの担当者に会社の歴史とプロジェクトの背景、彼らの重要視する「Brooklyn State Of Mind」の精神性について話を聞いた。
ブルックリンの活気を取り戻すために、「メインストリームじゃなくても、オリジナルなものに拍手を送る」というクラフトマンシップの価値観が作られていった。
―まずはブルックリン・ブルワリーがアーティストをサポートするための『Alternatives』というプロジェクトをスタートさせるに至った経緯についてお伺いしたいです。
小西:そもそもブルックリン・ブルワリーが生まれたきっかけは「ブルックリンという街をおいしいビールで元気にしたい」という想いだったんです。ブルックリンはもともと製造業とビールの街としてすごく栄えていたのですが、時代の変化と法改正の影響で、40以上あったブルワリーの全てが閉鎖されるなど、徐々に活気を失ってしまいました。マフィアがいる近寄りがたい街になってしまったそうです。でも、創業者のスティーブ・ヒンディは「ブルックリンには新しいものを生み出す力がある」と信じていて、彼が「もう一回ブルックリンに火を灯すんだ」という想いで作ったのがブルックリン・ブルワリーなんです。
―おいしいビールによって、街を元気にしようと。
小西:スティーブは、街を元気にするにはまず人を集めることが必要で、ビールは人を呼び寄せる魅力的な液体だという考えを持っていて。なおかつ、ブルックリンはもともと製造業の街だっただけに、その延長線上で、「何か新しいものを自分の手で作り出そう」というアーティストがいっぱい住んでいた街でもあったんですね。その歴史を考えると、ブルックリンが活気を取り戻すためには、アーティストの力も必要だと考えた。そういう中で、「自分の好きなものを見つける」とか「メインストリームじゃなくても、オリジナルなものに拍手を送る」というクラフトマンシップの価値観が作られていったんです。
―それがイコール、ブルックリン・ブルワリーの価値観になっていったわけですね。
小西:なので、そうやってブルックリン・ブルワリーがアメリカでやってきたことを日本でも再現したいっていうのが『Alternatives』の始まりです。「ビールによって、コミュニティを元気にする」ということと、メインストリームじゃなくても、実はすごくおいしくて楽しいものがあるっていうことを、アーティストと一緒になって掘り起こしたいということですね。
―クラフトビール自体、スティーブさんが中東で発見して、それをブルックリンに広めたそうで、そこからしてもうオルタナティブですよね。
小西:そうですね。当時のビールの常識は「軽い味わいのものを水のように流し込む」だったけど、スティーブが中東で見つけたのは、濃厚な味わいのゆっくり飲むビールだったんです。それを「こんなビールもある」って提示することで、そのおいしそうな匂いに人が集まってきたということだと思います。
―そして、その中にはいろんな分野のアーティストがいて、ブルックリン・ブルワリーのロゴを作ったミルトン・グレイザーもその一人だった。彼は「アイ・ラブ・ニューヨーク」のロゴの創案でも知られるグラフィックデザイナーです。
小西:スティーブがミルトンに「この街を象徴するロゴを作ってほしい」って依頼して、そこから生まれたロゴだそうです。「DIY=Do It Yourself」っていう言葉がありますけど、ブルックリン・ブルワリーが大事にしているのは「DIO=Do It Ourselves」で、メインじゃない裏面の価値を、それを称えてくれる人たちと一緒に作っていこうという考えなんです。なので、アーティストたちも仲間で、ミルトンもタダでやってくれたらしくて(笑)。
―え、タダだったんですか?
小西:当時、ほぼ紙切れ状態の名もない会社の株式と、「ブルックリン・ブルワリーのビールが一生飲める」っていう、そのふたつを報酬にやってもらったそうです。ミルトンは「俺が仕事をするのは自分が気に入ったやつだけだ」と言っていて、それは上から目線というわけではなく、一緒に新しいものを作れそうだと納得した人と仕事をしたいということで。ブルックリン・ブルワリーもコラボレーションするアーティストを選ぶときは、そのアーティストが何を成し遂げたいのか、一緒に何をしたいのかに注目して選んでいます。
ブルックリンには「多様性」という言葉すら必要ない。全部がフラットなんですよね。
―ブルックリンがアートと起業の街と呼ばれるようになったのは、ブルックリン・ブルワリーが果たした役割も大きかったんですね。
小西:カルチャーは一人では作れないので、まずブルックリンに新しいカルチャーが生まれる土壌を作るために、食、アート、音楽、それぞれの領域で、いろんな仲間を作り、DIOのやり方で、メインストリームではないものを一緒に生んでいったということだと思います。バスキアとかも、まさに自分の表現を作っていった人だし、食で言うと、「新しい食のトレンドが生まれる祭り」と言われている『スモーガスバーグ』っていう食のお祭りがあって、それもブルックリンで始まってるんです。そうやっていろんな領域で、「私はこれがいいと思う」っていうものを発信することで、新しいものが生まれていったのかなって。
―そして、今度はそれをここ日本でも実現させていこうと。
小西:「オリジナルの精神を追求する」ということを、彼らは「Brooklyn State Of Mind」(以下、BSOM)と呼んでいて。今ブルックリン・ブルワリーは世界30か国以上で展開しているんですけど、もうブルックリンを活性化する段階は終わったと。今度はこの街が持っているエネルギー、価値観、つまりはBSOMをどう世界に広げていくか。それがブランドの次のミッションだと考えているんです。
―BSOMについて、もう少し説明していただけますか?
小西:いくつかキーワードがあるんですけど、僕が一番いいなと思ったのは「GRITTY」っていう言葉で、洗練された、かっこつけた感じではなくて、「ひたむきに作る」という意味を込めているそうです。イメージで言うと、工場の職人が、ピュアな目で何かを一生懸命作ってる、みたいな。そういうピュアさとか、何かを追求する気持ちがBSOMの核になっていると思います。あとは「VIBRANT」=「いろんなカラーの人たちがいて活気がある」とか、「OPEN MIND」=「何でも受け入れる」とか。そういう考え方が広がれば、世界はもっと楽しくなるんじゃないかって。
―「メインストリームではないものを打ち出す」という価値観であると同時に、「OPEN MIND」であることも大切にしている、そこも重要なポイントですね。
小西:メインストリームを否定するわけではなくて、いろんな価値観が並走している状態がいいという考え方です。ブルックリンって、誰かを排除することは絶対にしないんですよ。ブルックリンの街に入ると、看板には「おかえりなさい」って書いてある。誰かを排除したり否定したりするんじゃなくて、「君のそれもいいけど、俺はこれもいいと思う」っていう、全部がフラットなんですよね。「軽い味のビールに枝豆もいいよね。でも、暖炉の前で飲む黒ビールもいい」みたいな、そう言えるのがブルックリンのよさかなって。
―近年は「多様性」という言葉が時代のキーワードになっていますけど、ブルックリンはそれがすでに存在している街というか。
小西:ブルックリンは「多様性」という言葉すら必要ないというか、「人」って言葉しか存在しないんです。ブルックリンには「House of Yes」――つまりは「すべてにイエスと言う」っていう名前のライブハウスがあって、人種に対しても、セクシャリティに対しても、全てにイエス。それくらい全部がフラットなんですよね。「これがいい、悪い」じゃなくて、「これもいいし、それもいい」って言える土壌がある。裏路地のアナーキーな落書きみたいな世界じゃなくて、もうちょっと柔らかい世界の中で、選択肢を提示しているのがブルックリンという街だと思っています。
「自分はこれが好き」って言えないことは、かっこ悪いんじゃないかと思った。
―小西さんご自身も、ブルックリン・ブルワリーに関わられる中で、アートやカルチャーの重要性を認識していったわけですか?
小西:僕は前に2年間オーストラリアに駐在していて、それまでは特に日本が窮屈だと思ったことはなかったんですが、オーストラリアはとても自由でフラットな世界が広がっていて、いいなと思ったんですよね。みんな自由にものを言っていて、逆に「自分はこれが好き」って言えないことは、かっこ悪いんじゃないかと思ったりして。なので、日本に帰ってきて、リバースカルチャーショックじゃないけど、日本もけっこう窮屈なのかもなっていうのは思いました。
―やはり、別の価値観に触れることで初めて気づくことってありますよね。
小西:そこからいろんなものに興味を持つようになり、オーストラリアでスケボーを始めたり、美術館にもよく行ったり、ポップカルチャーっていいなと思うようになりました。ブルックリン・ブルワリーの価値観もそれと通じるものがあるので、素敵だなって。
―それまでは特に何かのカルチャーにハマっていたわけではないのですか?
小西:普通に勉強して、大学に行って、特に何のこだわりもなく日々を過ごしていました。ただ、「主役とかランキング1位を好きになれない」みたいな、ひねくれたところがちょっとあって。ドラマとか映画でもみんなが見なさそうなやつが好きだし、『忍者戦隊カクレンジャー』だとレッドじゃなくてブラックが一番好きだったり(笑)。自分で考えてない感じはかっこ悪いと思ったり、みんなが選ばない方をいいなと思うっていうのはあって。
―まさに「Alternatives」を体現してるじゃないですか(笑)。でもホントに、「こういうものだ」とか「これしかない」と思っていたところから、別の価値観があることを知って、それに触れると救われたりしますよね。
小西:そうですね。「別の世界があるんだ。こっちも楽しいぞ」みたいなことはすごく重要だなって。興味関心が広がると、土日の過ごし方がちょっと変わったりするじゃないですか? ビールひとつとっても、味の違うビールに出会うことで、晩酌の時間がちょっと豊かになっていく。そうやって人生の幅って広がっていくんだと思います。
「一緒に分かち合う」っていう感じかもしれないですね。チームとして、新しい表現、新しい世界をみんなで共有して、みんなで喜ぶ。
―今回の『Alternatives』では、Yogee New Wavesの角舘健悟さんとのコラボレーションが決まったそうですね。
小西:角舘さんがいいなと思った理由はふたつあって、ひとつはブルックリン・ブルワリーの話をしたときに、すごく共感してくれたということ。角舘さんも日本はランキングに支配されている印象を持っていて、周りの人がいいって言ったものをいいと言うような雰囲気があるから、そうじゃない世界もあるってわかった方が楽しくなるとおっしゃっていて、まさに同じ考え方だなって。もうひとつは、「売れることを目的にしたくない」と。自分たちがいることで広がる世界、価値を追求することで、一石を投じたいっていうことをおっしゃっていて、そこも同じだなって。
―確かに、非常にリンクしていますね。
小西:メジャーデビューもされているし、売れることは悪いことじゃないけど、でも自分たちのやりたいことがはっきりあるっていうのは素敵ですよね。しかも、誰かを拒否するのではなくて、いろんな価値観を抱きしめるというか、包含する形で、自分たちなりの表現をすることによって、より世界が広がればいいとおっしゃっていて、すごく共感しました。
―小西さんはすでに角舘さんと何度か会って、お話をされてるんですよね。
小西:一度角舘さんが好きなとんかつ屋さんに一緒に行って、そのときの話がすごく好きで。角舘さんがそのとんかつ屋さんがなぜ好きかって、単純においしいのと、「作ったものに人となりが表れてるから」って言ってたんですよね。家族経営のお店なんですが、そのとんかつ屋さんならではのおいしさが感じられるし、大将の人柄まで感じると。それってクラフトマンシップ的な考えというか、作り手の歴史や想いまで感じることで、もっとおいしく感じられるわけで。
―角舘さんはそのとんかつにGRITTYを感じたのかもしれない(笑)。
小西:ブルックリンをナチュラルに体現してる人だと思います。実際にブルックリンに行ったことはないそうなんですけど、「あれもいいけど、俺はこれがいい」って、普通に言える人だなって。
―具体的には、Yogee New Wavesの楽曲タイトルから引用した「未知との遭遇」をテーマに、いろんな分野のクリエイターとのコラボレーションを行っていくそうですね。
小西:「未知との遭遇」をテーマにしたプロジェクトは、もともと角舘さん自身が温めていた企画でもあって、『Alternatives』の中ではクリエイターとのコラボレーションを行っていくことになりました。角舘さんが今、この人と会ったら何か生まれるかもしれないって本気で思える人と会って、新しい表現を模索する中で、クラフトマンシップやオルタナティブの価値を伝えていけるんじゃないかって話をしたのが始まりです。角舘さんもコラボレーションする相手の方に想いを込めて、自ら手紙を書いてくれていて、その内容もすごくよくて。
僕らはそうやって角舘さんの届けたいものを一人でも多くの人に届けるための媒介になれればいいなと思っていますし、角舘さん含め、DIOで仲間を作っていくことが大事だと思っています。その輪を日本でも広げていきたくて、『Alternatives』としては、メンバーシップ制で参加者を募って、メンバーに対してプロジェクトで生まれた様々なコンテンツを発信していく予定です。
―角舘さんは『WAVES』というアルバムをリリースしたときのCINRA.NETの取材で、「感情の起伏を露わにしてしまうくらい素直だったり、いろんなことにチャレンジしていたり、パワフルに生きてる人に『WAVES』っていう名前をつけてあげたい」ということを話してくれていて(記事:Yogee New Waves、暴れる準備が整った。2年半の本音と今を語る)。そんなWAVESたちにも、参加してもらえると良さそうですね。
小西:「一緒に分かち合う」っていう感じかもしれないですね。チームとして、新しい表現、新しい世界をみんなで共有して、みんなで喜ぶっていう。
―荒波でメインストリームを転覆させるわけじゃなくて、さざ波のようにじわじわと、でも確かに世界が変わっていく。そんな風になったら素敵ですよね。
小西:これはブルックリン・ブルワリーの社長が言ってたことですけど、「enablerになりたい」と。いろんな意味がありますけど、好きなものを好きと言える、自分らしく好きなものを見つけられる、新しい選択肢を作る、アーティストが持っているいいものを一緒に世に広めていく、そういうことをenableーー可能にしていく存在になれればなって。つまりは、「誰かと一緒に何かを可能にしていく」っていうことなんだと思います。
- プロジェクト情報
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- 『Brooklyn Brewery Alternatives Project』
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「クラフトビール」がまだ一般的でなかった1980年代から、地元ブルックリンのアーティストやミュージシャンとコミュニティを作り、共に成長し、「クラフトビール」という新しいビール市場を開拓してきたブルックリン・ブルワリー。常に「自分たちらしく」歩んできたビールブランドとして、既成の価値にとらわれず、自分らしく活動するオルタナティブなアーティストの活動をサポートするプロジェクトが、『Brooklyn Brewery Alternatives Project』です。
本プロジェクトは、独自の視点でカルチャーの紹介を続けているWEBメディア「CINRA.NET」をパートナーに迎え、ものづくり精神を互いに共有できるアーティストを選出していくシリーズ企画。第一弾アーティストは、バンドYogee New Wavesのボーカルとして活躍する角舘健悟に決定。「未知との遭遇」をテーマに、角舘健悟が様々なアーティストと出会い、コラボレーションをしながら新しい創作物を生み出します。
また、『Brooklyn Brewery Alternatives Project』ではプロジェクトに賛同するコミュニティーメンバーも募集中。メンバー限定で、定期的にプロジェクトの活動レポートが届くほか、プロジェクトで生み出された創作物が抽選でプレゼントされる予定です。
- プロフィール
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- 小西裕太 (こにし ゆうた)
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ブルックリンブルワリー・ジャパン マーケティングダイレクター
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