音楽家としての渇望や希求と向き合った新作──STUTSにとって2018年リリースの2ndアルバム『Eutopia』から2年ぶりのリリースとなるミニアルバム『Contrast』は、その音楽的なスタイルを大幅に更新してみせた1枚だ。
『Eutopia』ではバンドの生音を採取しそれをサンプリングするという手法をベースに構築した1枚だったが、本作ではワンマンライブの音源なども反映しながら、自らの手で組み立てた打ち込みのシーケンスや楽器のフレーズを含め、さまざまな状況から生まれた音を1つのトラック中に融和させている。そんな大胆かつ繊細な制作メソッドを推し進めることで、サウンドもヒップホップとハウスのフィーリングが融和した4つ打ちやダークなダンスホール、アシッドジャズのようなグルーヴを鳴らしているものまで、より多面的な様相を見せている。
そして、全8曲の内2曲ではSTUTSが自らボーカルとラップにトライし、大きな変化を見せた本作の性格を象徴するように存在している。今、彼はSTUTS=MPCプレイヤーというパブリックイメージを能動的に刷新しようとしている。そのマインドチェンジには星野源のサポートメンバーやさまざまなアーティストへのビート提供など、充実した外仕事から享受した刺激も影響しているという。
自粛期間中に制作された本作。「気持ち的に前を向けたらいいなと思いながら作りました」
―スケジュール的に、いわゆる自粛期間は本作の制作に集中していた感じですか?
STUTS:そうですね。ちょうど自粛期間と制作時期が重なってました。曲自体は去年から作っていたものもあるんですけど、本格的に制作に着手したのは今年の2月くらいからでした。
―『CROSSING CARNIVAL'20』をはじめ、自宅からリモートでパフォーマンスするオンラインイベントにもいくつか出演してましたよね。どういう実感がありましたか?
STUTS:不思議な感覚でした。場所は自宅なんですけど、ライブをやった実感はたしかにあって。その感覚が面白かったですね。
―新型コロナウイルスの状況を鑑みて制作中の楽曲の内容が変化したり、あるいはリリース自体を延期するアーティストもいて。本作には今の世の中の状況が影響した部分があるのか、まったくなかったのかというところではどうですか?
STUTS:意識としてはなるべく普段通りに作りたいとは思ってました。作品のコンセプト自体も世の中がこうなる前から決まっていましたし。でも、制作に充てる時間が増えたことでできることが広がったり、どうしても(今の世の中に対して)考えてしまうこともあったりして。それが無意識のうちに音に反映されている部分はあると思います。
それを具体的に言うのは難しいんですけど、3曲目の“See the Light”は外出自粛の時期にできた曲で。1人で、家でワーッと弾いたシンセをそのまま使っているんです。だから、即興性の高い曲になったなと思います。気持ち的に前を向けたらいいなと思いながら作りましたね。
STUTS『Contrast』収録曲“See the Light”を聴く(Apple Musicはこちら)
―“See the Light”はエキゾチックなハウスっぽいアプローチだし、本作は全体的にSTUTSくんの新しいグッドミュージックを提示したいという気概を強く感じます。
STUTS:ありがとうございます。人それぞれの琴線に触れるものがあれば、それがいい音楽なのかなって思うんです。メロディとしてキャッチーではなくても、音として聴いたときにその人がいいと思えたら、それがいい音楽なのかなって。
STUTSが「MPCプレイヤー」から一歩踏み出し、ラップや歌唱に挑戦したわけ
―本作はどういうイメージを浮かべながら着手していきましたか?
STUTS:最初から自分のモード的に、いろんなゲストに参加してもらって作る作品にはならないのかなと思ってました。この1年半くらいのモードが反映されていると思います。
―ビートメイカーでありMPCプレイヤーというよりも、一人の音楽家として次のフェーズに行きたいという欲求を作品全体から感じますね。
STUTS:それはあると思います。自分の軸にMPCプレイヤーとしての側面があるとは思うんですけど、それだけで括られるのも違うなと思っていて。MPCプレイヤーというよりも、もっと大きな意味で「曲を作る人」という面を提示したいということは、けっこう前から思ってました。
もちろん今後もMPCを叩くことで生まれるグルーヴや音のニュアンスを追求したいという気持ちもあるんですけど、自分のやりたいことはそこだけじゃないというか。もともと曲を作りたいという思いからMPCを手にとったので、気持ちとしては作曲する意識がメインにあるんですね。なので、MPCを叩くのは人前で表現する1つの手段として持っているという感覚なんです。
―今作ではSTUTSくん自身がボーカルやラップに挑んでる曲が2曲(M6“Vapor”とM8“Seasons Pass”)あって。これもそういった思いから至ったアウトプットなのかなと。
STUTS『Contrast』収録曲“Vapor”を聴く(Apple Musicはこちら)STUTS『Contrast』収録曲“Seasons Pass”を聴く(Apple Musicはこちら)
STUTS:(無言で苦い表情を浮かべる)
―なんでそんな顔するんですか(笑)。
STUTS:まだ自分の声が入った楽曲を発表するということに慣れていなくて(笑)。
―照れもある?
STUTS:照れというよりも不安が大きいですね。これを世に出す不安というか、発表したらどうなるのかなって。
この数年間で受けた、周りにいる最高なラッパーやボーカリストからの刺激やインプット
―以前のCINRA.NETの取材で、もともとは自分でラップをしたいという思いからビートを作り始めたということを話してくれましたけど(関連記事:Alfred Beach Sandal + STUTS、なぜ二人はタッグを組んだのか?)、さまざまなラッパーやシンガーを迎えながらビートメイカーでありプロデューサーとして自身の独立した音楽性を追求してきたこれまでのディスコグラフィーや外仕事を鑑みれば、STUTSくんが歌ってラップすることに驚く人は少なくないと思います。でも、これも今だからこそ実現したんだと思います。
STUTS:(歌唱やラップに)挑戦してみたいという気持ちはずっとあって、ことあるごとに録音していたんですけど、なかなか自分の納得いく感じにならなくて。かなり前にも、クラブにいるときにサイファー的なノリでフリースタイルする機会は何回かあったんですけど、それも今思い返すとすごく恥ずかしくて(笑)。
でも、それこそこの数年間でいろんな方から受けた刺激があったからこそ、このタイミングで前に進めたのかなと思います。
―たとえばその刺激で大きかったのは?
STUTS:いくつかあるんですけど、1つ大きかったのは3年前に三宅(正一)さんに紹介していただいて長岡亮介さんと2人でやったライブで(2017年11月8日に開催された『PACHINKO vol.1』に長岡亮介 + STUTS名義で出演)。
―ああ、それはすごくうれしいです。あのコラボレーションは本当に自由度の高いパフォーマンスだったし、長岡くんとSTUTSくんがエクスクルーシブなラップを披露したのもかなりフレッシュでした。
STUTS:あの時のラップも思い返すと恥ずかしさもあるけど……いや、そんなことはあまり言わないほうがいいか(笑)。
―聞かせてください(笑)。
STUTS:あのとき長岡さんとのセッションで久しぶりにラップに挑戦させてもらって、それを聴いた井坂さん(STUTSの担当ディレクター、KID FRESINOやJJJらも担当)が「いい声だね」って褒めてくれたんです。自分ではそんなこと思ってもなかったので、それをきっかけにチャレンジしたいという気持ちが生まれました。
そのあとも、いろんなラッパーやボーカリストの方がどうやって曲を作っていくか、プロセスを間近で見せていただく機会がいっぱいあったので。そのインプットも大きかったですね。
―最高のロールモデルが周りにいますしね。
STUTS:はい、最高な方々とご一緒できているのは本当恵まれたことだな、と思います。でも、今回自分ではあんまり「ラップをした」って言いたくないところがあって。やっぱり、プロのラッパーのみなさんと同じ土俵には上がれないというか。あのカッコよさは聖域だなと。僕の声はあくまで1つの音として聴いてもらえたらと思います。
「この数年で、日本語でラップすることも歌うことにしても、挑戦しやすい時代になったと思うんです」
―“Vapor”のオケと歌メロは、かつてハービー・ハンコックがボコーダーをフィーチャーした作品『Sunlight』(1978年)を彷彿するテイストがあるなと思ったし、トラップ寄りのフロウでラップするSTUTSくんからは、緊張感というよりもリラックスしたムードが伝わってくる。
STUTS:ラップも、フリースタイルでやっていたときとは違う声の出し方をしてみました。“Vapor”と“Seasons Pass”を作ったときに、この声の出し方ならいけるかもと思ったんですよね。
この数年で、日本語でラップすることもそうだし、歌に関してもいろんな人が挑戦しやすい時代になったと思うんです。それは(ボーカルのピッチ調整ができる)オートチューンの存在も大きいと思いますし、トラップとか最近のフロウも日本語で乗せたときに音楽的に聴こえやすいのかもという気がして。
それを表面的にやっていい曲ができるわけではないですけど、そういう背景の変化に背中を押してもらった部分もあるかもしれない。僕が最初にヒップホップにハマり始めた時は、声を張ってラップするスタイルの方が主流だったと思うんです。前までは歌う時に声を張ってたんですけど、抑えめで発声してみたら自分の声質にはそっちのほうが合っているかもしれないと思ったんですよね。
―そのうえで「自分の音楽はもっと自由でいい」というマインドを感じるというか。もちろんバックグラウンドとしてヒップホップが軸にあるのは間違いないんだけど、サウンドの振れ幅がとめどなく自由に広がっている。
STUTS:そうかもしれないですね。そういうマインドを抑えることができなかったのはあるかもしれないです。今までの方向性でいったほうがいいのかなと悩むところもありつつ、今回は(特定のジャンルに)とらわれずに作りました。
星野源の現場など、外仕事から受ける刺激とインプット。打ち込みと自身のライブ音源からサンプリングした生音を融合させる、斬新な方法で作られた本作
―たとえば星野源さんの現場で得ることも大きいと思うんですよね。先日の星野さんの配信ライブを見ても、ルーツの異なるバンドメンバーたちが、風通しのいい状態でそれぞれの個性を活かしながら一つのグルーヴを生んでいる楽しさがあって。そういう充実した外仕事の刺激もあるからこそ、自分の音楽性をブラッシュアップするための挑戦をしたいと思ったところもありますか?
STUTS:それはあったと思います。ここ数年はいろんな素晴らしいミュージシャンの方々とご一緒させていただく機会がすごくあったので、もっと自分自身でできることを伸ばしたいと思いましたね。
―今、同志として意識しているアーティストはいますか?
STUTS:難しいですね。でも、一緒に曲を作らせてもらったり、自分が関わってるミュージシャンの方々みんなに影響を受けてると思います。ビート面でも、ボーカルでも、ラップでも。だからこの人が、というのは難しいですね。絞りきれない。
いろんなミュージシャンの方と交わることで、自分の音楽の聴き方が変化した実感がすごくあります。もともと自分はバンドから音楽を始めたわけではないので。星野さんの現場でも普段自分がリスナーとして聴いてる昔の音楽──ソウルやファンクとかの生音のグルーヴが生楽器でどのように作られているのかを体感できるのは大きくて。
ずっとMPCで曲を作ってきたので、生楽器で音楽が生まれていく流れを感じられたのは大きな経験です。4曲目の“Contrast, Pt.1”と5曲目の“Contrast, Pt.2”は最初に4つ打ちのトラックがあって、その上に今年1月にやったワンマンライブのときにバンド編成でやった音を素材として重ねているんですけど。
STUTS『Contrast』収録曲“Contrast, Pt.1”を聴く(Apple Musicはこちら)STUTS『Contrast』収録曲“Contrast, Pt.2”を聴く(Apple Musicはこちら)
―方法論としてかなり斬新な作り方ですよね。打ち込みと自身のライブ音源からサンプリングした生音を新しい次元で融合させるという。
STUTS:そうすることで、ライブで白熱している音のニュアンスをトラックに入れられたら面白いかなと思ったんです。そうやって新しい手法で作れたのも大きいですね。
STUTS:2ndアルバム(『Eutopia』)はスタジオでレコーディングした生音を素材にしてサンプリングするという手法がメインだったんですけど、今作はミュージシャンさんの生音ありきで作り始めたのは1曲目の“Conflicted”くらいですね。あとは普通にビートを作るところからスタートしたり、鍵盤や覚えたてのギターを弾いたりするところから始めていて。僕はシーケンスでもほとんどクオンタイズ(タイミングのズレを補正すること)させないので、生々しい揺れが出ていると思います。自分の中でのサンプリング感覚はずっとあるものだと思うので。
―STUTSくんにとって、サンプリングの魅力ってどんなところでしょうか?
STUTS:1つ大きくあるのは、偶然性だと思うんですね。自分で演奏するだけでは思いつかないメロディを組み立てられたり、サンプリングした音をベースに実際に弾いた音を加えてみたらまた全然違うニュアンスが生まれたりする。生演奏では生まれない偶然性がそこにあると思うんです。その感覚は大切にしていきたいです。
ここ数年考えていた「境界」をテーマに作られた楽曲。「陰と陽、対立する2つの要素や、自分の中にもいろんな人がいるよねということとか」
―今作はSTUTSくんの音楽家としてのさまざまな個の色を描いている作品だと思うし、だからこそ作品全体で捉えると唯一ボーカルとラップに客演を招いている2曲目の“Mirrors(feat. SUMIN, Daichi Yamamoto & 鎮座DOPENESS)”は、陰影の濃いサウンドも含めて異色の存在だなと思います。ただ、この客演の組み合わせも、各ゲスト陣のフロウや歌唱の言語感覚においてもボーダーレスで既存のスタイルにとらわれていないもので。メッセージとして本作に重要なパーツだったのかなと。
STUTS:そうですね。アルバムタイトルにもなっている『Contrast』は自分の中で「境界線」をイメージして出てきた言葉で。根本的には境界をテーマに作品を作りたいとずっと思っていて。この曲で歌われている陰と陽もそうだし、対立する2つの要素だったり、自分の中にもいろんな人がいるよねということだったり──。
―それは音楽家としての多面性を提示するという本作の核でもありますよね。
STUTS:そうかもしれません。自分の中にあるいろんな面を受け入れうたうえで「すべて自分なんだ」と言えるイメージ。そんなことを思いながらこのトラックを作ったときに鏡のようなイメージが浮かんできたので。それを客演のみなさんにもお伝えしてリリックを書いてもらいました。
―自分の中から境界線というテーマが出てきたのはなぜだと思いますか?
STUTS:この2年くらいで仕事でもプライベートでもいろんな変化があったので。上手く言葉にしづらいんですけど、自分が思う自分と人から見える自分だったり、自分が常識と思い込んでることが人にとっては非常識だったり。音楽面でも、音楽以外の面でもそういうことについて考えるタイミングが多くて。そこから感じたことを作品として表現できたらいいなと思いました。
―今作を作ったことで見えたこともたくさんあると思うし、次の一手として浮かんでるイメージはりますか?
STUTS:う~ん、なんとなくはあるんですけど、その前に今作をリリースしてみないとわからないですね。でも、今作でいろんな可能性を提示できたのはよかったのかなと思います。
―今までとリリース前の心構えが違う?
STUTS:全然違いますね。今までの作品はプロデューサーとしてのアルバムという側面が強かったから客観的に聴けたんですけど、今作はよりパーソナルなものになっていると思うので客観的に聴けないんですよね。だから、ちょっとナーバスになってます。(笑)
―10月に東京と大阪で予定されているワンマンライブではMPCを叩きながら歌ってラップするSTUTSくんが見えるかもしれないですよね?
STUTS:見た目的にどうなんでしょうね?(笑)
―でも、生ドラムを叩きながら歌うアーティストだっているわけですから。ライブでもさらにSTUTSくんならではのスタイルを確立できるのではないかと思います。
STUTS:そうですね。アンダーソン・パーク的な。まだやるかわからないですけど、試してみていい感じだったらやってみたいですね。1月のワンマンではバンドセットでやらなかった曲もやってみようかなと思ってますし、1人でパフォーマンスする時間もけっこうあると思いますし。ここから詰めていきます。
- リリース情報
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- STUTS
『Contrast』(CD) -
2020年9月16日(水)発売
価格:2,200円(税込)
PECF-50041. Conflicted
2. Mirrors(feat. SUMIN, Daichi Yamamoto & 鎮座DOPENESS)
3. See the Light
4. Contrast, Pt. 1
5. Contrast, Pt. 2
6. Vapor
7. Landscapes
8. Seasons Pass
- STUTS
- イベント情報
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- 『STUTS “Contrast” Release Live』
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名古屋公演
2020年10月17日(土)
会場:愛知県 名古屋 JAMMIN’
1公演目:開場 16:15 / 開演 17:00
2公演目:開場 19:45 / 開演 20:30大阪公演
2020年10月18日(日)
会場:大阪府 心斎橋 LIVEHOUSE ANIMA
1公演目:開場16:00 / 開演16:30
2公演目:開場19:30 / 開演20:00東京公演
2020年10月26日(月)
会場:東京都 恵比寿 LIQUIDROOM
開場:18:30 / 開演 19:30
- プロフィール
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- STUTS (すたっつ)
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1989年生まれのトラックメーカー/MPC Player。2016年4月、縁のあるアーティストをゲストに迎えて制作した1stアルバム『Pushin’』を発表し、ロングセールスを記録。2017年6月、Alfred Beach Sandalとのコラボレーション作品『ABS+STUTS』を発表。2018年9月、国内外のアーティストをゲストに迎えて制作した2ndアルバム『Eutopia』を発表。現在は自身の作品制作、ライブと並行して数多くのプロデュース、コラボレーションやCM楽曲制作等を行っている。
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