日本のエンターテイメント業界の最前線で戦い続ける人物に話を聞く新連載『ギョーカイ列伝』。その記念すべき幕開けに、まったく新しい形の女の子オーディションとして2012年にスタートし、現在では男性・女性双方から熱い支持を受ける『ミスiD』の仕掛け人、小林司に登場していただいた。
講談社に入社後、いくつかの女性誌と男性誌の編集者を歴任し、2006年からは男性誌『KING』にて大ヒット企画「妄撮」をスタート。また、現代の新たな女性像を作り上げた水原希子や二階堂ふみのフォトブックをいち早く手がけるなど、モデルから女優、アイドルに至るまで、女性に対する独自の目線には定評がある。
これまで雑誌や単行本で数多くの実績を残してきたにも関わらず、小林はなぜあえて新たなオーディションを立ち上げたのか? 対話を通じて見えてきたのは、旧来の枠組みに捉われず、ジャンルを超えていく『ミスiD』のあり方は、エンターテイメント業界が向かうべき未来を指し示しているということだった。
水原希子と二階堂ふみは、自分で細かいことまでジャッジをする子たちだったんです。今の女の子はすごく進化してると思いました。
―『ミスiD』はルックスやスタイルで女の子を評価する従来のミスコンとは違い、女性のあらゆる価値を評価しようとする視点が新鮮で、男性のみならず、女性ファンが多いことも特徴だと思います。そもそもはどのような経緯で立ち上がった企画なのでしょうか?
小林:『ミスiD』の第1回目を開催した2012年まで、僕は基本的に雑誌の編集をやっていて、女性誌と男性誌をほぼ半々でやってきたんです。そのなかで、2006年に創刊されて2年間で華々しく散りました(笑)、『KING』という雑誌の副編集長だったんですけど、それが結構ターニングポイントで。今考えると『KING』は、「男性版ミスiD」的な感じだったんですよね。
―「男性版ミスiD」というのは?
小林:講談社の話でいうと、『Hot-Dog PRESS』(1979年創刊の男性誌)が100万部超えていたという、今では冗談のような時代があったんですけど、当然僕も知らなくて。で、長い不況とかもあって男の子があんまりお金を使えなくなり、自信もなくなっていくと、総合誌は売れなくなっていった。
ファッションからダイエット、恋愛、カルチャー、グルメ、旅、モノ、セックスまで、全方位で1冊が成り立つ体力が、男性誌にはなくなってしまったんだと思います。でも、女性誌はまだそれで成り立っている。ここ10年くらいで男性の総合誌はほとんど壊滅してしまって、今はほぼすべて「専門誌」なんですが、『KING』はその最後の悪あがきでした。そんななかで、『KING』のキャッチコピーは「なに系でもない男になろう」だったんですね。
―「草食系」や「マッチョ系」など、なにかひとつのジャンルに絞り込むのではなく、あらゆる価値観を総合的に扱おうとした。
小林:2006年頃って、ちょうど男性誌にとっての雑誌の細分化が加速してきた時期だったわけですけど、講談社は総合出版社だから、専門に落とし込まずにやってみようと思ったんです。結果的に『KING』は2年で休刊になってしまったんですけど、僕自身も当時からジャンルになにかを落とし込むのがあんまり好きではなくて。
CINRAさんも同じ考えだと思うんですけど、基本的にはすべてのジャンルはつながっていると思っているので、それを強引に切り離すのはおかしいんじゃないかと思っているんです。もちろん、今は消費者が使える時間もお金も限られているから、細かく分かれるのも仕方ないとは思うけど、「つながっていく面白さ」というのは雑誌の遺伝子として残したかった。結局、男性誌では失敗してしまったんですけど、それをいつか女の子でもやりたいと思っていたんです。「なに系でもない女の子になろう」ですね。
―それで始めたのが『ミスiD』だったと。
小林:そうですね。あと、『KING』の休刊後の2011年に東日本大震災が起きたことも自分にとっては大きかったです。雑誌に対する絶対的な信頼感が揺らいじゃったんですよね。震災のときのあの刻一刻と変わる状況に、雑誌はどうしたって対応できなかった。あのとき一番力を発揮したのがTwitterですからね。
それで、1回雑誌じゃないものをやりたいと思って。その頃まず単行本で作ったのが、ブレイク寸前だった水原希子と二階堂ふみの本で、その子たちがめちゃくちゃ面白かったんですよ。
『水原希子フォトブック KIKO』表紙(Amazonで見る)
『二階堂ふみフォトブック 進級できるかな。』表紙(Amazonで見る)
―どう面白かったのでしょう?
小林:その2人は、細かい編集内容の最終的なチェックを、事務所さんが本人とさせてくれたんです。珍しいと思いますよ。もちろん、概ねのところは対事務所さんです。でも、最後は委ねてくれた。それは彼女たちが、自分で細かいことまでジャッジをする子たちだったからです。
それまで僕は十何年、雑誌とかに関わってきたわけですけど、タレントさんはどの写真とか発言が載るのか、実際に発売されるまでわかってないこともあった。でも2人とは「あの写真を使いたい」「これは嫌だ」「ここはすごくいい」とか、いろいろ最後まで話し合いができたんです。すごいなあと。本人もすごいし、信用する事務所もすごい。
自己プロデュースという面で、今の女の子はすごく進化してると思いました。だから、こういうインディペンデントな女の子の力を汲み取りたいなと。あともうひとつ大きかったのは、『ミスマガジン』がちょっとお休みになったことです。
―約30年続いた、講談社の代名詞的なミスコンですね。
小林:2011年からいったん休止しているんですけど、その要因としてはAKB48とかが出てきて、グラビアが飲み込まれたというのもあるんですね。新人を発掘しても、ブレイクするまでには時間がかかるから、その間に表紙に起用してもあまり世の中に響かない。
余裕がある頃はそれでもよかったけど、時代的に「今すぐ響く人を表紙にしなきゃいけない」という流れになってきて、それでほとんどのグラビアのオーディションコンテンツが立ちいかなくなった。そこで「代わりになにかやれない?」という話が回ってきて、『ミスiD』を始めることにしたんです。
―AKBのブレイク以降、「アイドル戦国時代」という言葉が使われるようになりましたが、その本質を考えてみると、「かわいい子がアイドルになる」という時代から、ある種アイドルが登竜門になり、そこから役者や歌手、モデルへと巣立っていくような状況になっていて、そういう時代感と『ミスiD』の登場もリンクしていたように思います。
小林:今って、AKBの成功が大きすぎて、「アイドル=お揃いの制服で歌って踊る」というイメージがあまりに固定されてしまって、あとは恋愛禁止とか、少し不自由なルールが多いですよね。希子ちゃんとかふみちゃんとかを見ていると、本来女の子は自由に進むべきなのに、古い男性的な枠組みで守られてるアイドルの在り方は不健康だなって思うんです。僕、マリー・サイラスとか、ああいうハリウッドセレブが大好きなんですよ。めちゃめちゃ楽しそうじゃないですか。でも全部責任は自分で取るって、すごくかっこいい。
話は飛びますけど、僕、今日の午前中に歯医者に行ってきて、そこにいる女性の先生が好きだったのに、「産休に入る」って言われて熊さんみたいな先生を紹介されて、めっちゃショックだったんです(笑)。いや、すごく上手なので全然問題ないんですが(笑)。「歯医者に行くのは嫌だけど、あの人がいるから」って思えた自分がいたように、「その子がいるから頑張れる」みたいな存在であれば、どんな子だって「アイドル」だと思うんですよね。歌って踊れなくても、そこらじゅうにいます。
女の子自身の感性が一番新しいに決まっているので、「導く」みたいなイメージは一切ない。
―『ミスiD』は今年で5年目を迎えて、小林さんご自身もずっと選考委員を務められてきたわけですが、『ミスiD』に応募してくる女の子の変化や進化をどう見ていますか?
小林:今は、たとえば高校を途中でやめて、通信制の高校に入って、それから慶応義塾大学に入るなんて子がザラにいるんですよね。それって10年前の感覚ではありえなかったと思う。高校をやめるって、不良とか、いじめられてるとか、つまりドロップアウトのイメージしかありませんでした。でも、今のティーンエイジャーは、ただ「学校に行かない」という選択をしてるだけで、「勉強をやめます」ということではないんです。そういう決断が速い女の子たちは、学校のような決められた場所にははまらない。
―そういったなかで、『ミスiD』ではどういう女の子をフックアップしたいと考えていますか?
小林:『ミスiD』は、基本的には「ネット」を基盤にしています。ネットの世界にいる子、ネットをよく見ている子、ネットしか逃げ場がない子。これまでは『ViVi』のオーディションだったら『ViVi』っぽいハーフみたいな子が来るし、『ヤンマガ』のオーディションだったらおっぱいの大きな健康的な子が来ていた。初めから物差しが存在してるから、そこに近い子しか来なかったんですね。
でも、ネットにはどういう子がいるのかわからない。まあ、乱暴に言うと、もはや「ネット=世間」なので(笑)、あらゆる人種がいます。なので、偏見とかバイアスだけは絶対持たないようにしていて、こちらから女の子をコーディネートする感覚はなく、とにかく出てきた子に対応しようと。
―はみ出た子が出てきたら、その子をむしろ面白がって、それによってさらに可能性が広がると。
小林:そうですね。そこに対して思考停止しないように、常に考え続ける、見続けるという感じです。女の子自身の感性が一番新しいに決まってるので、「導く」みたいなイメージは一切なく、来たものに対して「こういう時代なのか」って考える。受容と寛容ですね。そうすると、まだ定義できないような小さなジャンルにも会えるかもしれないし、見たことない人とどんどん出会えるんです。
―「受容と寛容」によって、影に隠れていた才能や感性を拾い上げることができるんですね。
小林:去年は元HKT48で人気者だった「ゆうこす」こと菅本裕子のような女の子が準グランプリを獲りました。選考委員の吉田豪さんに「地獄を見た女は強い」と評されたり、完全に自信を失っていたのが「ネオモテ」的なキーワードで『ミスiD』で再評価されたことで自信を取り戻し、今ではSNSを駆使して女の子の新しいカリスマになっています。
ネットに強く、自撮りからイベントプランニング、動画作りまで、なんでも自分でできちゃうDIY体質に加え、『ミスiD』で地獄から這い上がったことで、「失敗を恐れない」というマインドを習得した。そうすることで、芸能事務所に所属しない女の子の未来をどんどん可視化していってくれている気がします。ある意味、どんぴしゃに「『ミスiD』っぽい子」ですよね。
そういうこともあって、『ミスiD』は、ある種の「駆け込み寺」とよく言われるのですが、こういうことがもっと増えていくといいなと思います。芸能界だって、そうじゃない世界だって、セカンドチャンスやサードチャンスのない世界なんてつまらないじゃないですか。実際は、かなりやっかいな駆け込み寺だし、日々対応してるだけでとてつもなく繊細さも必要になるので、面倒くさいですよ。でも、プロアマ問わず、「このなかだと息が吸える」とか「ここなら新しい自分になれる」とか、そう思ってもらえる場所になればいいなと思っています。
これを読んでいる学生さんがいれば、ぜひ言いたいんですけど、会社を上手く騙すことが必要だと思うんです。
―『ミスiD』は『ミスマガジン』のように雑誌の冠がついているわけではありません。その上で、講談社がオーディションをやる意味合いはどこにあるとお考えでしょうか?
小林:現状『ミスiD』というプロジェクト単体で、大きな収益を出しているわけではないです。そこは正直まだまだだし、ダメですね。正直、会社の上の方だって意味がわからないと思います。「『ミスiD』? なんなんだよ」って。ただ、こういうコンテンツは完全に上から理解されてもダメなので(笑)。
たぶん10年前だったら、「わからん、もう終わり」な企画だと思うんですよ。でも今は、出版社自体が「本」というコンテンツの活用だけでこのまま生き残れるかという時代なので、新しいことへの冒険は逆に必要だ、という気持ちがどこかにあると思うんです。だから、わからないなりにやらせてくれている。もはや今は、「このままなにも手を打たないのは死に値する」時代だと思うんですよね。
ただ僕は、日々24時間なんらかの形で『ミスiD』と向き合ってますが、彼女たちのコンテンツに向かうのと同じくらい、会社に認めてもらうためにもエネルギーを使っています。これは会社員なら当たり前だと思うんですね。これを読んでいる学生さんがいれば、ぜひ言いたいんですけど、新しいことをやりたいなら会社を上手く騙すことが必要だと思うんです。
―「上手く騙す」というのは?
小林:今の時代はなにがヒットするか誰にもわからないし、上の立場にいる人たちにも正しい判断基準がない。だから各編集者に委ねられている部分が昔よりも多いと思うんです。たとえば『進撃の巨人』なんて、ある意味グロテスクだし、いわゆる画力もノーマルに高いというようなものではないですよね。でも信念を持って描ける作家さんと、それを支える信念のある若い編集者が、ある意味誰にも触らせずに、あそこまで持って行った。
いろんな人の言うことを聞いていたら、ホントにそれはよくある、誰もが理解できるノーマルでつまらないものになってしまう。でも、そんなものはすべて、すでに世の中に溢れているんです。今は「わからないことに対して、拒否をしてもしょうがない」という感じになってると思います。そういうものが一点突破できるから。だから、むしろチャンスです。
―会社への話し方次第で、若い人にとっても、自分のやりたいことをできる可能性が広がっている時代であると。
小林:ただ、それを言い出して遂行する人間が、マーケティング的な発想ではなく、本気でそれを面白いと思っていないとダメです。そこに自信がなかったら、人を動かすことはできない。だから、自分のやりたいことには信念を持って、それが本気で面白いと思って、どんな未来図を描いているのかを会社にちゃんと説明できるくらいにはしないといけない。できたら、なんとなく楽しそうに。で、「なんだかよくわかんないけど面白そうだな」と思わせる(笑)。逆に言うと、それさえちゃんとできれば、今は会社のなかでもある程度は好きなことがやれると思うんですよね。
―1990年代は雑誌がめちゃくちゃ売れていて、会社も余裕があるからこそ「好きなことをやっていいよ」という部署があったりした。でも、時代の変化によってだんだんと売れなくなっていき、「好きなことをやる余裕なんてない」に変わっていった。今はまたそこから変わってきて、「このまま同じことをやっていてもダメだから、個人のアイデアを活かそう」という流れになっていて、むしろチャンスの多い時代になっているように考えられると。
小林:そうだと思いますね。だから、「手を挙げて、下ろさないもん勝ち」というか。もちろん、ただ「好きにやれる」という時代では当然ないですけど、逆に言えば、「それでもやりたい」というのはそれだけでも存在意義があって、あとはその説得材料を命懸けで準備すればいい。
とにかく、こういう時代でもアナログな執念は有効というか、何事もどうしたって「対人間」なので、熱量が一番のプレゼンだと思うんです。『ミスiD』はそういった時代とかとも重なって、ホント奇跡的に、ギリギリで成功したんじゃないかと思います。いや、成功してるのかな……すべてがまだこれからなので、成功してるとは口が裂けても言いません(笑)。
今って、繊細で複雑な形をした子がいっぱいいるのに、いわゆる日本の芸能事務所が持ってる型のパターンは圧倒的に少ないなと思うんですね。
―「現状『ミスiD』で大きな収益を出しているわけではない」というお話でしたが、とはいえ今後はビジネス的な観点でも発展させていくビジョンをお持ちなのでしょうか?
小林:そうなんです。今は正直収支トントン程度。僕にビジネス的才覚がないので(笑)。でも、今の若い子たちの状況はとても繊細で移ろいやすく、そしてあまりにカオスでダイバーシティーなので、簡単にはビジネスになるものではないなと思っているんです。産みの苦しみは当然かなと。
ただ、可能性やビジネス的な新しいゾーンは、あらゆるところに見えてきています。手を差し伸べてくださる方も、一緒に動いてくれる方も、確実に増えていますしね。2017年は、今までにない新しいことをどんどんやります、とだけ言っておきます。
―具体的に、どういったことをイメージされているかお聞かせいただけますか?
小林:最終的に僕がやりたいと思ってるのは、今までの事務所ではないタイプのキャスティングサービスみたいなことで。『ミスiD』を「才能ある女の子のストックモデル」として成立させていくというか。これまで『ミスiD』に出てくれた子も、「4年前に出た子はもうケアしない」ではなくて、今でもイベントとかをやるときには参加してもらったりしてるんですね。
『国民的美少女コンテスト』とか『ホリプロタレントスカウトキャラバン』とかは、毎年更新されていくわけですけど、『ミスiD』はストックしていって、そのなかで混ざってくれたら面白いなと。なおかつ、まだ事務所が決まってない子をコンテンツとして持つような形にして、なにかのニーズに対してこちらから提供したり、アイデアを持ちかけたりして、そこをビジネスに落とし込めればなって考えています。
―新しいタイプの「タレント事務所」というイメージでしょうか。
小林:それに近いんですが、決して「芸能」ではないですね。現状だと、「バラエティー番組に強い事務所」とか「モデル業務に強い事務所」とか、それぞれの事務所に個性があって、その事務所が持っているノウハウや他社との関係性のなかでタレントさんたちも仕事をするわけですよね。でも、たとえば三角形の女の子なのに、事務所としては丸の女の子の個性の伸ばし方しか持っていなくて、そこに押し込むしかない、というときもなかにはあると思う。今って、三角とか丸とか、従来の形にハマる子だけではなくて、もっと繊細で複雑な形をした子がいっぱいいるのに、いわゆる日本の芸能事務所が持ってる型のパターンは圧倒的に少ないなと思うんですね。
―もちろん、旧来の事務所の強みもあるけれども……。
小林:そう。そこにハマればものすごく売れたり、遠くにいけたりするので、それはそれで素晴らしいんです。ただ、従来の型にハマりにくい子が増えている現状に対しては、今までのシステムはどうしても古くなっちゃう。そこでいわゆる芸能事務所ではなく、出版社のようなカルチャーを作ってきた企業が噛むことで、「ド芸能」ではない開かれ方ができるんじゃないかと思うんですよね。
とにかく「抱え込む」とか「逃がさない」という発想はもう死滅してる。
―「古い枠組みではなく、新しい枠組みで考える」というのは今のエンターテイメント業界全般にとっても大事なことですよね。小林さんはかつて、『妄撮男子』を講談社以外の出版社で展開したこともありました。
小林:『KING』で男性読者向けにスタートした『妄撮』を、女性読者向けにやろうと思ったときに、講談社の女性誌——『with』とか『ViVi』でやることもできたんですけど、悲しいことにあまりどこも乗り気ではなくて。そのときたまたま知り合った『an・an』(マガジンハウス)の編集の方が、「うちなら8ページでやるよ」って乗ってくれたんです。「編集長もOKですよ」と。そしたら単純に、面白くできるほうでやるのに越したことはないじゃないですか。
コンテンツを、最初から最後まですべて抱え込まなきゃいけない、という時代はもう終わってると思うんです。もともと僕は帰属意識が薄いのと、会社の肩書きがなきゃ仕事ができないという時代は終わるとずっと思っていきてきたので、むしろ会社の外に出れると呼吸がしやすくて(笑)。そちらのほうが、よっぽどマインドでつながれる同志が見つかりやすい。
『妄撮 モーサツ』表紙(2008年、講談社)表紙(Amazonで見る)
―会社も業界も超えて、同じマインドを持つ人たちでつながって、いいコンテンツを作っていくべきだと。
小林:とにかく「抱え込む」とか「逃がさない」という発想はもう死滅してる。面白いコンテンツは当然ジャンルも媒体も超えるので、超えたときはそこに従ったほうがいいというのは、すごく思います。
たとえば『ミスiD 2015』でグランプリを受賞した金子理江なんて、『ヤングジャンプ』(集英社)さんが、ドーンと表紙で使ってくれたりした。しかも、「ミスiD 2015グランプリ」という言葉を堂々と出して。先ほども話に挙げた『an・an』さんで言えば、半年間毎週女の子についてのコラムを連載させてもらったこともありました。そこで、メジャーデビュー前の大森靖子さんのことを書かせてもらったり。少しずつですが、素敵な時代に向かってるなあと(笑)。
―「雑誌の遺伝子としてのつながる面白さ」という最初の話にも通じますね。
小林:そうですね。出版社同士が一緒に面白いものを育てていかないと、未来なんてないですからね。あと、僕はとにかく座組みとか枠組みありきで、最後にコンテンツを考えるという発想がすごく嫌いなんです。「こことここで面白いことをやりましょう」ってやっても、大体つまんないじゃないですか? 「コンテンツはあとで考えましょう」ってなったときは、ホントクソみたいなものしか出ないんですよ。
そうではなくて、先に心を動かされるようなコンテンツのアイデアがあって、そのためにはどんな人の力が必要なのか、という順番で考えるべき。そこが逆転してしまったら、どんなメディアミックスでもまったく意味がないと思います。やっぱり、「面白い」ってことが人を走らせるんです。そうであってほしいというのは強く思いますね。『ミスiD』も、もっとそういうものになりたいです。
声が大きい人が勝つんじゃなくて、小さい声を拾っていく。
―この連載記事はCINRA.NETとCAMPFIREの合同企画なのですが、小林さんはクラウドファンディングについてはどのような印象をお持ちですか?
小林:『ミスiD』では、映画のプロジェクトをクラウドファンディングを通して実現させていただいていたりします。こういうサービスが出てこないと、新しいシステムは立ちいかないと思いますね。さっきのたとえでいうと、旧来の価値観では丸と三角しかなくて、そこに対してしかお金が出なかったけど、そうではないものが増えている。そのなかで、そういった人やもの、小さい声をフォローするための先立つものが絶対に必要で、そのためのひとつとしてクラウドファンディングは画期的な発明だと思います。
―CAMPFIRE代表の家入一真さんは、今年から『ミスiD』の選考委員も務められていますね。
小林:家入さんって、選考委員みんなで白木屋へ打ち上げに行ったすぐあとに、「やっぱり僕はインターネットが一番落ち着く」ってツイートするような方で(笑)。そこが逆に大好きというか、信用できるんです。あと、社会性がないでしょう?(笑) 僕もまったくないので、とてもシンパシーを感じるんです。できることなら仕事なんてしたくもないし、いまだに日曜の夜なんて憂鬱で死にたくなります。でも、家入さんもきっとそうだと、勝手に思っています(笑)。
『ミスiD』に参加する子もほとんどそうだし、CAMPFIREのトップにいる人がそれを感覚的にわかってるというのはめちゃくちゃ大きいと思うんです。声が大きい人が勝つんじゃなくて、小さい声を拾っていく。クラウドファンディングはその典型で、そこも『ミスiD』がやりたいこと、拾いたい未来とすごく似ているんです。より密接に結びついて、一緒に歩いていけたらいいなと思っていますね。
人間というのは、物心がつくと、やっていいことと悪いことがわかるようになる。でも、そういうのは全部邪魔なんですよ、きっとこの世界では。
―では最後に、エンターテイメント業界に入りたいと思っている人、また興味はあるんだけど、業界の未来に不安も感じている人に対して、なにかメッセージをいただけますか?
小林:途中でも言ったように、今は答えをわかってる人なんて1人もいないので、ホントにチャンスが溢れている時代だと思いますよ。だから起業しないとしても、やり方によっては、会社のなかで好きなこともできると思います。まだこういうメディアが業界としてギリギリ成り立ってるうちに、会社が培ってきた知財を上手く使って、そこである程度のことを吸収してからフリーになってもいいし。
もちろん、出版社だって、所詮みな中小企業なので、「ここに入れば安泰」とは誰も思ってないと思うんですけど、とはいえコンテンツ会社は文化遺産をたくさん持っていて、今は「どうぞ盗んでください」という空き巣同然な状態だと思うんです。
―会社が持っている「文化遺産」を利用するのは、賢い選択肢のひとつであると。
小林:人間というのは、物心がつくと、やっていいことと悪いことがわかるようになる。そしてやっていいことだけを選択して、保守的になって、固まって閉じていく。特に会社にいったん入ってしまうと、そうですよね。
でも、そういうのは全部邪魔なんですよ、きっとこの世界では。やっていいことと悪いことの区別がついてないくらいのほうがいい。僕もややリアルについていません(笑)。だから若い人たちにはこの世界を面白がって、古い財産も人もどんどん利用して、非常識で新しいことにつなげてほしいです。
―10年~20年先の業界がどうなっているかはまだわからないけど、少なくとも現状は会社に属することによって、いろんなことを試しやすい状態だと言えそうですね。
小林:そう考えれば、まだキラキラしてると思うし、ギラギラも残ってる。面白い世界だと思いますよ。まあ、会社が残らなかったとしても、カルチャー自体は形を変えて残っていくでしょうから、自分がそれを伝えられる人間になれば、絶対その人も残っていけますからね。
―小林さんご自身は、今の仕事をやっていてどんなときに一番やりがいを感じますか?
小林:「やりがい」という言葉自体が、ホントにわからないんですよね。僕は「仕事をしている」という感覚がなくて、とにかく日々自分が楽しいと思えることをしていたい。はっきり言えば、仕事をするということが大嫌いなので、仕事だと思わないようにしているんです。「楽しい」と思うことで、自分を騙し続けています。
そのためには、いつも楽しいと思わないといけない。それって難しいことに思えるんですけど、映画を見るにしても、誰かとご飯を食べるにしても、家族と過ごす時間にしても、もちろん一人でいる時間だって、極端に言えば死にそうに悩んでるときだって、ちょっと冷静に見れば楽しいんです。どんなフェイズにも意味があるし、楽しさはどこにでも、何歳になってもあるんですよね。つまらないことが急に楽しくなることもあるし、その逆もある。それもまた面白い。
―すべての瞬間を楽しもうとするスタンスと、今日話していただいたように、あらゆる枠組みを取っ払って、とにかくコンテンツとしての面白さを発見しようとする小林さんの発想は、ある意味一貫していますね。
小林:僕、新しいことが死ぬほど好きなんですけど、歌舞伎や落語みたいに古いものも愛しているんです。それに、ミーハーもサブカルもさびれたジャンルも。ファッションも、政治も、哲学も、エロも。見境がない。
女の子というのは、僕にとって「媒介」というか。女の子は、森羅万象なんでもフラットに結びついてしまうすごい生き物なんですよね。男はビジョンを描いたり、ジャンルに括ったりするだけで四苦八苦して偉そうにしてるけど、女の子は描かなくても括らなくても、軽々と実現しちゃったりする。そっちのほうがすごいに決まっているんですよ。そういう女の子の森羅万象が自然と結びついている感じは、僕みたいなすべてが結びついて、仕事とそれ以外の区別がつかないような人間にとって、面白くてしょうがないし、心地いいんです(笑)。
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群衆(crowd)から資金集め(funding)ができる、日本最大のクラウドファンディング・プラットフォームです。
- プロフィール
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- 小林司 (こばやし つかさ)
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講談社第一事業局企画部所属。編集者。ミスiD実行委員長。別名「妄撮P」。入社後、『FRaU』『VoCE』の編集に携わる。2006年、男性誌『KING』にて「妄撮(モーサツ)」の連載を開始。夢眠ねむを被写体とした『アキバ妄撮』(角川グループパブリッシング、2011年)や、『吉木りさ×妄撮 リア充だけがハッピーじゃない』(講談社、2012年)など、ヒットを飛ばす。その他、水原希子や二階堂ふみなどにいち早く目をつけ、『水原希子フォトブック KIKO』(講談社、2010年)、『二階堂ふみフォトブック 進級できるかな。』(講談社、2012年)などの編集を手がける。2012年より、まったく新しいタイプの女の子を発掘し育てるオーディション『ミスiD』を開催。
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