自虐的にも現状肯定的に使われてきた「ガラパゴス」という言葉に刻まれた時代のジレンマ
情報やもの、人の行き来が圧倒的に容易になった時代の、異なる「世界」との付き合い方はどうあるべきか。そんな問いかけを含む「島と星座とガラパゴス」をテーマに掲げた国際芸術祭『ヨコハマトリエンナーレ2017』が開催中だ。
8月26日、異分野の識者たちによる、芸術祭の関連公開トークセッション『ヨコハマラウンド』の第5回が、横浜美術館で開催された。この日のテーマは、「ガラパゴス考察」。
閉鎖や分断よりは、積極的な交流。その理想はたしかだが、あまりに無節操な混じり合いは、文化や価値観の特殊性を損ないかねない。自虐的にも現状肯定的に使われてきた「ガラパゴス」の語には、そんな時代のジレンマが象徴的に刻まれている。
この両義的な問題について語った登壇者は、進化生物学を専門とする長谷川眞理子、情報学研究者でアートへの発言も行ってきたドミニク・チェン、そして『ヨコトリ』の出品アーティストである川久保ジョイといった、背景がまるで異なる三名だ。日本文化の特殊性の可能性、そしてアートにとってガラパゴス性とは何か。それぞれの登壇者のプレゼンと、全員参加のセッションの前後編で行われたイベントの様子をレポートする。
「ガラパゴス」という言葉の由来となったガラパゴス諸島の生物と現代の文化に見る共通項
そもそも、いまでは当たり前のように使われる「ガラパゴス」とは、いったいどんな環境を指すのか。理系ではない学生に科学の知識を教えてきた長谷川眞理子のプレゼンは、その点をあらためて押さえるものだった。
ガラパゴスは、もともとは南米エクアドルの沖合900キロに位置するガラパゴス諸島に由来する言葉だ。大陸と一度もつながったことのない「大洋島」と呼ばれるこの諸島では、陸続きの土地と違い、多様な生物の行き来が困難な状況から、競争の緩和と生物の特殊な進化が進んだ。2004年、自身の憧れだったこの諸島を訪れた長谷川は、現地でまったく人を警戒しないリクイグアナなどの生物に出会った。
長谷川によれば、こうした環境で育った生物には、主に3つの特徴が現れる。1つ目にいま述べた「警戒心のなさ」。2つ目は、「大きくなる、または小さくなる」という物理的な変化。そして3つ目に「創始者効果」というものもある。これは、他集団との接触が無いことから最初の遺伝子が固定され、特殊化することを指す。しかし、1日2便の飛行機が運ぶ観光客の増加や外来種の侵入などにより、島の生態系は脅威に晒されているという。
プレゼンの最後で、長谷川からそんな生物進化と文化進化の比較が提示された。
長谷川:生物の進化は、異なる遺伝子が交換できる範囲内で起こりますが、その機会を持たない島では、ある集団の遺伝子が特殊な進化を遂げることができました。一方、人間の文化も異なる集団と情報を共有することで変化してきた。言語共有可能な範囲がどんどん広がっていき、それが加速したのがグローバル化でしょう。
その是非は置いて、生物でも文化でも、混ぜ合わさるとたいてい均質化が起こります。そしてその混淆状態では、異なる集団との「競争」と「協力」の姿が変わることになる。そうした現象が、ガラパゴスの生物と現在の文化にパラレルに見られるものでしょう。
日本なりのウェルビーイングを考えたとき、見えてきたのが日本文化の特殊性だった
その混淆状態のなかで、個人はいかにより充実した生を送れるのか。つづくドミニク・チェンのプレゼンは、この問いを基調としたものだった。彼が話したのは、現代の「ウェルビーイング well‐being」という概念のあり方についてだ。これは、ネット時代における、身体的な健康に限らない個人の社会的、精神的な生活の良好さを示した指標である。
「情報流通の進化の一方で、人の生活は本当に豊かになっているのか」。起業家としてスマホのアプリなども開発してきたチェンは、そう問う。たとえば、彼が示した戦後における情報量やGDPの推移を記したグラフでは、それらの上昇に反して、生活の満足度は横ばい状態を続けている。情報は溢れるほどあるが、そのなかで人は限定した情報のみに接するようになり、むしろ多様性や寛容性は失われているように見える。
そんななかでチェンは、『ウェルビーイングの設計論』などの監修を通して、ネット環境を前提にした人間性の「開花 flourish」のための方策を研究してきた。面白かったのは、日本なりのウェルビーイングの向上のためには、文化的・風土的な背景も考慮するべきという指摘だ。
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「個」を前提とした欧米の処方箋は、そのまま日本には持ち込めない。そこで近年は、編集者の松岡正剛や能楽師の安田登と「日本」について再考してきたという。
チェン:見えてきたことのひとつは、日本文化における主体概念の特殊性です。たとえば、集団で歌をつむぐ連歌会では、西欧の出版物においては個人に帰責される「著者性」が、会の「場」に帰責されるということがあります。また能の世界をはじめ、日本の文芸や日常生活の会話のなかには、2人の人物がひとつの主語を共有する「共話」という語りの形態が現れることも特徴的です。
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もうひとつ、物事の「継承性」という点でも、日本には独自のものがあるという。
チェン:たとえば楽器の鼓は、40年ほど叩かないと「良い音」が出ないそうです。未来のために食品を漬ける「ぬか床」もそうですが、「自分」という単位を超えた文化への投資に、日本人は価値を感じてきた。発展するネット技術に、こうした風土に根ざした物語の作り方を加えることで、独自の人間性の開花を見出せないかと考えています。
言語哲学を学び、金融トレーダーの経験を持つ、異色のアーティスト川久保ジョイはどんな活動をしてきたのか
最後に登場した川久保ジョイは、いわゆる異色の経歴を持つアーティストだ。画家である父を持ち、スペインのトレドに生まれた。大学では言語哲学を学び、哲学者・ヴィトゲンシュタインを研究。大学院では、神経心理学を学んだ。卒業後は金融トレーダーとして働くものの、やがて写真の世界に飛び込み、5年前に現代アート界に足を踏み入れた。
「亀の速度でアートに漂着するまで」と題したそんな彼のプレゼンは、これまでの自身の活動について紹介するものだった。2015年にトーキョーワンダーサイト本郷で発表した、祖父から父、自分、そして息子まで4代にわたる世代の循環性を問うたインスタレーション『2百万年の孤独』など、その創作には自身の個人史が色濃く滲む。
川久保の名前を国内で広めたのは、2016年の資生堂ギャラリーでの個展『Fall』だ。ここで彼は、今後20年間の「円 / ドル」の相場や国債の予測などを、壁を研磨したグラフで見せた。彼によれば、この20~30年という単位は、世界で原発事故が起こる周期であり、「人が何かを忘れる期間」を示している。
同種のグラフは『ヨコトリ』にも出品されているが、同じ会場ではジブラルタル海峡を両岸から撮影した写真や、東京湾の砂州をめぐる映像、福島の帰宅困難区域で光なしに感光させたフィルムなど、土地とその意味を問う作品が並んでいる。
川久保ジョイ『イマジナリー・ラインズ(ジブラルタル海峡北 / 南)』2017年、2点組 155x195cm 写真 ©Yoi Kawakubo 2017
川久保ジョイ『イマジナリー・ラインズ(ジブラルタル海峡北 / 南)』2017年、2点組 155x195cm 写真 ©Yoi Kawakubo 2017
彼のプレゼンのなかでも印象的だったのは、ロンドンの最新個展で発表された『The Wreck of the Sea Venture』という作品についてだ。同作は1609年に起こったある船の遭難事故をモチーフに、面識のない日本人画家・西村有未によるSkypeを通した指示のもと、川久保ジョイが初めて油絵の制作に臨んだ、絵画とドキュメンタリー映像からなる作品である。
川久保:見せたかったのは、異なる価値観を持つ人との協働作業。ドミニク・チェンさんの話にも通じますが、この油絵が誰に帰属するのかという著者性や、画家の西村さんが僕の身体を通して描くことによるメディアの問題が浮かびます。正直に言うと、僕らは二人とも結果に対して満足しなかった。
しかし、それこそが良かったんです。なぜなら、ある意味でマゾヒスティックにならないところに、排他主義や不寛容の問題は生じるから。この所有をめぐる問題意識は、今回の『ヨコトリ』の展示にもつながるものです。
同じ言語で文化の市場が成立する日本。果たして日本は特殊なのか?
後半の全員参加のセッションでは、それぞれの立場からより自由な議論が広がった。その冒頭であらためて問われたのは、日本のガラパゴス性についてだった。
長谷川は、日本の特殊性を支えるもののひとつに、「日本語」という言語があるのではないかという。実際、比較的人口が少ないフィンランドなどの国では、現地の言葉だけで出版や放送を行うことは難しい。しかし、同じ言語を使う人口をある程度の数、擁する日本では、日本語だけでも文化の市場が成り立つ面がある。この意見に、チェンは次のように返す。
チェン:1990年代に、東南アジアから日本への留学生が多くやってくるということが起こりました。その背景には、日本人が世界のあらゆる知を日本語に翻訳して、アクセスできるようにしたということがあります。留学生たちは、日本に来れば世界の学問に触れられると考えたわけです。しかし、外部の情報を取り込んで独自進化させてきた一方で、外部へのアウトプットはどうだったかというと、そこには疑問があります。
日本は特殊なのか。ドミニク・チェンはこれまで、日本、フランス、アメリカで生活してきた。そんななか、西欧の社会には一種の「普遍性への信頼」があると感じてきたが、日本で活動すると、西欧流の普遍の感覚が突き崩されるという。彼がプレゼンで話した日本に根ざした生活の研究は、この普遍の相対化から、新しい価値を発信するものだろう。
同じく世界を行き来し、現在はロンドンに暮らす川久保も、日本文化に憧れた時期があったという。だが、チェンが、普遍から特殊性へと活動の軸を展開してきたのに対し、川久保は「言語に根ざした哲学から、数字を介した市場、そして数も言語も必要としないアートへと、むしろ特殊性から普遍へと向かってきた感覚がある」と語る。普遍と特殊。それぞれの微妙な感じ方の違いが興味深かった。
文化の進化に重要な3つのプロセス。そのなかの1つの要素にアートの真価があるのかもしれない
議論の後半では、異なる文化が接触する「境界」のあり方が語られた。チェンと川久保はともに、少年時代に日本のマンガやアニメ文化に親しんだという。さまざまな日本文化があるなかで、こうしたジャンルが境界を超える強さを持つのはなぜなのか。
長谷川は、「文化進化においては、アイデアや言葉がどのように人々の間で広がるのかが重要になる」とし、文化によって境界を超え伝わる速度に違いがあると話す。
長谷川:まず受け入れられやすいのは、より「感性的」に訴えるもの。たとえばお二人の話にあったマンガは、絵で訴えられるぶん、小説よりも伝わりやすいと言えます。もうひとつ広がりやすいのは、「物理的」に楽なものです。これは、着にくい着物が廃れていき、ゆったりしたズボンなどが選ばれることでもわかります。
最後に、とくに伝達に時間がかかるのは、人が頭で「論理的」に考えて納得する物事です。たとえば、人権の概念や差別の撤廃という事柄は、自然の状態で達成できるものではなく、長い時間をかけて教育によって共有してきたものです。この3つのプロセスで、文化進化は起こるのだと思います。
では、この枠組みのなかで、アートはどの位置にあるのだろうか。もちろん、誰にでもすぐに受け入れられ、容易に広がる作品もあるが、一方で長い時間をかけ、人々の考え方を根本から変えていくような作品にこそ、アートの真価はあるのではないか。近年は能舞台もリサーチするチェンは、あらゆるものがカテゴライズされ、高速処理される現代では、能に見られるような「わからない物事に触れる新鮮さが、以前より増している」と話す。
この日のトークイベントでは、AIの話題も出た。実際、どんな地域の人にも共有の心地よさを与える作品制作は、人間よりも情報処理に優れたAIの得意技になるかもしれない。しかし川久保は、「AIには人が制作に向けて持つ『意志』はない。そこにアートはあるのか」と問う。そして最後に、個人によるアートの役割をあらためて語ってくれた。
川久保:僕は、アートはマイノリティーである必要があると思っています。たしかに、境界を超えて万人に受ける作品もあるけど、それはエンタメに近いものになる。そうではなくて、僕の考えるアートは、個人の意志によって作られ、あるタイミングで突然変異のように、世界の環境が変化し、パラダイムの変化が必要になったときに、オルタナティブを提供するもの。その意味で、アートとはそもそも永遠にガラパゴスなものであり、ガラパゴス性はアートの定義に内在していると思います。
あらためて問われこともなくなった「ガラパゴス」の本来の意味を明らかにすることにはじまり、生物と情報環境、そしてアートをはじめとした文化のあり方について、三者三様、多様な視点が繰り出された時間だった。印象的だったのは、決して平易な内容とは言えないにも関わらず、会場に集まった幅広い層の人々が、真剣に議論に耳を傾ける姿だ。
安易な「わかりやすさ」に流れるのではなく、それぞれの特殊性から、世界の可能性を複数化していくこと。議論全体が発していたそんなメッセージは、この会場内の空間にも体現されていたように感じた。
- イベント情報
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- 『ヨコハマトリエンナーレ2017』
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2017年8月4日(金)~11月5日(日)
会場:神奈川県 横浜美術館、横浜赤レンガ倉庫1号館、横浜市開港記念会館 地下
時間:10:00~18:00(10月27日~10月29日、11月2日~11月4日は20:30まで、最終入場は閉場の30分前まで)
参加アーティスト:
アイ・ウェイウェイ
ブルームバーグ&チャナリン
マウリツィオ・カテラン
ドン・ユアン
サム・デュラント
オラファー・エリアソン
アレックス・ハートリー
畠山直哉
カールステン・ヘラー、トビアス・レーベルガー、アンリ・サラ&リクリット・ティラヴァーニャ
ジェニー・ホルツァー
クリスチャン・ヤンコフスキー
川久保ジョイ
風間サチコ
ラグナル・キャルタンソン
MAP Office
プラバヴァティ・メッパイル
小沢剛
ケイティ・パターソン
パオラ・ピヴィ
キャシー・プレンダーガスト
ロブ・プルイット
ワエル・シャウキー
シュシ・スライマン
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宇治野宗輝
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