SNSをテーマに作品を制作したのんと能町みね子、それぞれのSNS観
「#もしもSNSがなかったら」をテーマとしたSNS発のアート展『SNS展』がCINRA主催、LINEモバイルの特別協賛にて5月19日から27日の9日間にわたり開催され、8500人以上を動員した。会場は、中学校の校舎を再利用したユニークなアートスポットとして知られる、3331 Arts Chiyodaだ。
会場となった3331 Arts Chiyodaの入り口にかけられた『SNS展』のバナー
まずは展覧会の初日に行われた、女優、創作あーちすと・のんと、エッセイスト、イラストレーターなどの多彩な活動で知られる能町みね子のトークショーの模様をレポートする。
同展のキュレーターとして、SNS上で一般公募された作品の選定をすると同時に、オリジナル作品の制作、展示も行った2人は『SNS展』のコンセプトをどのように捉えながら、作品の選定及び制作を行ったのだろうか? 『SNS展』ということで、SNSにまつわるそれぞれの思い出を語ることからトークショーはスタートした。
のん:私はみなさんから反応がくるのが嬉しくて、のんになってからSNSでたくさん投稿をしていますね。あと、あるときInstagramで、坂本龍一さんが私のことをフォローしてくださっていることに気づいたんです。実際はお会いしたことないのに、ちょっと親しくなった気がしました(笑)。そういうのがSNSの面白いところですよね。
能町:私もSNSを精力的に使っています。いまはあまりやってないですけど、昔は普通に気が合う人と、実際に会ったりもしましたね。旅行に行ったとき、その街に知り合いがいなくても、「ご飯、どこで食べようかな?」みたいなことをつぶやいたら、それに答えてくれる人がいたりして。それで、その人のタイムラインとかを見て、普通に仲良くなれそうなった人だったら、実際会って一緒にご飯を食べたり。いまも、そのまま関係性が続いている人もいます。
のんと能町みね子、それぞれの作品を自ら解説
今回2人が『SNS展』に出品したのは、『平らな形』(のん)と『Twitterアンケートによる好きな男歴代ランキング〈NFK(旧NMR)〉』(能町)という作品だ。
能町みね子『Twitterアンケートによる好きな男歴代ランキング〈NFK(旧NMR)〉』
2人はトークショーで、作品の意図するところや、制作の裏話について、改めてこんなふうに語っていた。
のん:この作品は、家具屋さんで買ってきたものに、アクリル絵の具で絵を描いたり、ビーズやスパンコールを貼ったりしたものなんですけど、もしもSNSが無かったら、自分の心境を平面的にしか見てもらえなかったかもしれないなって思って作りました。
のん:制作には10時間ぐらい掛かりましたけど、途中で「なにが正解なんだろう?」って、ちょっとわからなくなってしまったところがあって(笑)。ちなみに、ここに登場している黄色いワンピースの子たちは「ワルイちゃん」といって、LINEスタンプでも販売させてもらっている子たちなんです。
能町:私がSNSでやっている大きなプロジェクトといったら、これだけだったので(笑)。この企画はもう6年やっているんですけど、いまも自分ひとりで集計していて、量の迫力がすごいんですよね。Twitterの画面だと、どうしても10位ぐらいまでしか載せられないんですけど、ひとりが入れただけでも、ランキングに載せようというコンセプトなので、実際は1000位ぐらいまであるんです。
能町:上のほうのすごい人気の方から下のほうにいくにつれて、私も正直「誰だろう?」って検索して初めて知るみたいな人も入っていて。それを含めて1000人以上の名前が載ったものを一気に展示してみたら、すごいことになるんじゃないかと思って、ちょっとやってみたという感じですね。
実際の展示会場では、それぞれの作品に2人の以下のコメントも付記されていたので、紹介しておく。
沢山の人の思いが存在していることを私にも知らせてくれるSNS。それが無かったら、上手く自分の表現を形にする事が出来なかったかもしれない。どこを向いてるかも伝えられない、ちぐはぐに並べられて平面的にしか映らない世界では、自分のやりたい事に突き進んでいく無鉄砲さは生まれなかった。(のん)
私は「NMR(能町リサーチ)」のちに「NFK(能町ファン感謝祭)」と称して、私のTwitterのフォロワーの女性を対象とし、毎年末に「好きな男アンケート」を実施しています。
「ジャニーズタレントがほぼ上位を占める『anan』の『好きな男ランキング』にはどうも納得がいかない。『私たちの』ランキングがあるのではないか」という疑問からスタートしたこのアンケート。初回(2008年)は会員制携帯サイトで実施され、1回限りの企画のつもりでしたが、2012年に復活。Twitterを利用し、投票のルールも改善して今の形になりました。「私・能町みね子をフォローしている人による投票」という条件つきなのでややバイアスがかかり、世間一般のイメージとは少々ズレるのですが、ある種の人には強烈に共感を呼ぶランキングに仕上がっております。また、1票でも獲得した人の名はすべて発表しているため、ここ数年は1000人以上の名前が挙がります。この「数の迫力」や、SNS上でどんな細かな意見も取り逃さないという熱意も人気の理由の一つであろうと自負しております。(能町みね子)
2人が選んだ公募作品と能町みね子の意外な選出理由
続いては、一般公募の作品の中から2人がキュレーターとして選出した作品と選評を、それぞれ紹介。のんが選んだのは、KIWAERIの『face#17』という作品だった。
のんが選んだ作品 / KIWAERI『face#17』
悩んでいるような彷徨っているような、女の子なのか男の子なのかも分からないけれど、この人はなにを考えているんだろう?と惹きつけられました。
“もしもSNSがなかったら”というタイトルに対して、どういう状況に置かれている人なのか、なんだか気になりました。
繋がっていなかった人たちがいるかもしれないという事への、つまんないなぁ…という感じのぽっかりと穴が開いたような虚しさが伝わってきて、SNSのない日常を想像しやすかったです。(会場に設置されたのんによる選評)
のん:これは絵の作品ですけど、もしもSNSがなかったらいうテーマに沿って描かれたということを考えると、すごい悲観的でもなく、大きな感情が動いているわけでもない。ぽっかり穴が空いたような感じで、「なんかつまんないな」ぐらいの感情が見て取れるのがリアルで……すごい素敵な絵だなって思いました。
ちなみに、KIWAERIは今回の選出を受けて、次のようにコメントを寄せている。
この度は大好きなのんさんに選んでいただき光栄です。投稿の絵は、記憶の断片をつなぎ合わせて表面的に色や線を重ね、きっとどこかにいるだろう「あの子」をイメージして描いています。SNSを通して場所に限らず、より広く人の目に届く機会が増えた一方、溢れて流れていくことも多いと思います。けれども「あの子」に重なる誰かの心の片隅に、きゅっと届けられたと、その可能性を信じています。ありがとうございます。(KIWAERI)
一方、能町が選んだのは、やじゅの『毎週土曜日は母とランチ』という一連の写真作品だった。
やじゅ『毎週土曜日は母とランチ』
SNSは世界に開かれていて、なんてことのないつぶやきや日常の写真が、ふとしたきっかけで爆発的に人目に触れることがある。それこそがSNSのSNSらしさである。だから、逆説的だが、あまり作品として肩肘張って作られたものよりも、そもそも作品かどうか微妙なくらいの投稿を選びたくなってしまった。
選出作品は、あまりにごく日常的な食事の写真。写真作品としてなんらかの評価を求めたようなものではない、しかし、SNSユーザーはなぜこういった写真をSNSに上げたいと思うのだろうか。私はこの気持ちを考えると、共感できるような分からないような、不思議な感覚になる。作品として後世に残したいほどではない、しかしただ自分でこっそり保存しておきたいわけでもない。なんとなくふと「誰かの目に触れたらいい、触れなくてもいい」くらいの感覚で置いておく、返事はいらないコミュニケーション。SNSはこんな最小限の自己主張をさせてくれる場なのだ。
そして、その無意識的な自己主張が、時を経て多層的な意味を持ってくる。投稿主はお母様が介護生活に入る前にこの写真を撮っている。SNSがなければ撮ろうと思わない、こんな「日常」を絵に描いたような写真が、後から自分自身にいろいろな気持ちを思い起こさせることになる。そしてまたそれをSNSにストンと落としておくこともできる。SNSによって残った感情をまたSNSに残し、生活が紡がれる。SNSは、人の思いを少しだけ補い、支えることができる。
毎度あえてお母様を写していなかったこと、食事内容も決してきらびやかとはいえないごく平凡な、でもほんの少しカロリー高めで浮かれた感じのするものであること、そのあたりに作者の日常を想像する余白が大量にあった。このなんてことない写真群と少ない言葉に、彼女のSNSの前後まで追ってみたくなる不思議な魅力がある。こんなふうに選出されることはもしかしたら不本意かもしれないので、そこには少し申し訳ない気持ちもある。(会場に設置された能町の選評)
能町:選評が長くなってしまったんですけど、この方が写真とセットで書いていた文章も含めて選出させていただきました。要は、この写真を撮っていたのは、普通のなんてことのない日々だったんですけど、その2か月後ぐらいに、お母さんが入院されてしまい、いまは介護の生活を送っているんですね。
こういう普通の食事の写真って、SNSが無かったら撮らないじゃないですか。だけど、そのなにげない写真が、あとからすごく意味を持ってくるというのが、SNSらしいなと思って。
能町:あとSNSって、本人がなんとも思わずあげた文章が、誰かがすごいっていってバズったりすることもあるので、作品として作ったっぽくないやつを選びたくなってしまって、この作品を選びました。
選出を受けたやじゅのコメントは以下の通りだ。
母が元気だった頃、毎週土曜日の午前中は一緒に1週間の食材をスーパーに買いに行き、帰りにお昼を近所の仕出し屋さんやカレー屋さんで食べたり、子供の頃から私が好きなナポリタンを母が作ってくれ一緒に食べていました。SNSに上げていた数年分の写真を見返して、元気な頃の母との思い出がそのまま保存されているんだなと、思い返すことができます。(やじゅ)
その後、2人は本展の来場者に配布されたものと同様、自らスタンプを押してカスタマイズしたエコバックを互いに披露し合った。
展覧会会場に用意されたスタンプで、カスタムしたエコバッグを披露したのんと能町
トークが一区切りしたところで、能町は観客を背景とした2ショットを自ら撮影。『SNS展』らしく、能町は早速その場でInstagramにアップした。
撮影したばかりの自撮り写真はその場でアップされた
最後には、来場者のためのフォトセッションの時間も特別に設置。
その写真をそれぞれのSNSにアップすることを促しながら、約30分のトークショーは幕を閉じたのだった。
『SNS展』の各キュレーター、アーティストたちの作品をおさらい
さてここで、『SNS展』に出品された各作品及び、各キュレーターが選出した作品を、ざっと振り返ってみることにしよう。
『SNS展』の会場入り口でたなかみさきによるメインビジュアルが来場者を出迎えた / 特集「小山健×たなかみさき、SNSを語る。いいね!の数より大事なこと」を読む
「#もしもSNSがなかったら」というテーマで自由に生み出された作品群。受付を抜けた正面に設置されているのは、『透明人間』と題された、たなかみさきによるメインビジュアルだ。原画も展示されたこのビジュアルには、以下のようなキャプションが付いていた。
こちらを見ているのか見ていないのか? 存在するのかしないのか? 数字に現る透明人間
見ている人が数字になって現れるので、本当にそこに人が1人いるのかいないのか、ときどきわからなくなるんです。透き通ったパラレルワールドの住人のような感じで人物を描きました。(たなかみさき)
会場内は、「Feed」「Message」「Photo」「Tweet」という4つのエリアに大きく分かれている。まずは、正面左手に広がる「Feed」のエリア。
ここには、先に紹介したのんと能町の作品をはじめ、藤原麻里菜による『インスタ映えを台無しにするマシーン』などこれまでの作品から構成された『#もしもSNSがなかったら、こんなに捻くれた物を作っていなかった』のほか、SNSで自身に寄せられたメッセージを写真と共に作品にした菅本裕子(ゆうこす)による『仲間からのメッセージ』、塩谷舞によるSNSと自身の歴史を辿る年表と架空日記『#SNSと私とパラレルワールド』といった作品が展示されていた。
藤原麻里菜『#もしもSNSがなかったら、こんなに捻くれた物を作っていなかった』
塩谷舞『#SNSと私とパラレルワールド』 / 年表の左にある台座に上に架空日記が置かれている
一方、正面右手に広がる「Tweet」エリアには、一般から寄せられた公募作品のツイートと並んで最果タヒの作品(青色)が、垂れ幕のように展示されていた。
ちなみに、最果タヒは、本展に次のようなコメントを寄せてくれた。
インターネットにSNSがなかったころ、すれ違うように、他人同士のままで、「あなたは孤独ではない」と伝えることができなかった。愛の形をしていなければ、友情の形をしていなければ、関わり合うことができなかった、ほんとうは、それだけじゃ、息苦しすぎるとわかっているのに、親愛の情を込めずに、優しくすることもできない。あのころのインターネットが、懐かしいこともある。今が完璧なわけもなくて、いいねの積み重ねが、他者の存在など関係なく染み付いた「孤独」を浮き彫りにしてもいる。SNSがなかったら、孤独は違う形をしている、けれど決して消えてはいないし、私はきっとそこでも、詩を書いている。(最果タヒ)
天井から釣り下がる、さまざまな「言葉たち」のあいだを縫うように進んだ先を左に曲がると、「Photo」のエリアが広がっている。
「Photo」エリアに置かれたベンチは、公募された無数の画像で覆われた
一般から公募した作品がコラージュのように敷き詰められた、巨大なベンチを取り囲むように作品が展示されたこのエリア。そこには、Instagramで最も想定外の「いいね」を獲得したという一枚の写真を、さまざまな方法で見せることによって「良い写真」の意味を人々に問う濱田英明の作品をはじめ、たなかみさき、小山健の原画が展示された。
濱田英明『What is a good photography?』
また、同エリアには各キュレーターが一般から選出した作品も、それぞれの選評と合わせて展示されていた。
Makoto Tanimoto @mt_portrait『時間軸の旅』 / 濱田英明によって選出された公募作品。公募作品はipadで展示された
「Tweet」のエリアを抜けたいちばん奥にある「Message」のエリアでは、作家である燃え殻が、ブラウン管テレビを使った大掛かりなインスタレーションを制作。
去年の今日、自分が思っていた不安と、期待と、どーでもよさが、
文字と写真と短い動画で記録される世界に僕たちは生きている。
SNSで繋がった誰か、気持ち、命があると思う。
SNSで分断された誰か、気持ち、命もまたあると思う。
僕と私とあの人の忘れるはずだった出来事、生き延びてしまった気持ちが、
今日もアーカイブ化されていく。(燃え殻)
「Message」エリアにはほかに、SNSによって人目に触れることになった自作の洋服や小物をズラリと並べた東佳苗、Instagramのストーリーズで遠距離恋愛のやり取りをする恋人たちを追ったビデオインスタレーションを展開したUMMMI.などの作品が設置され、各展示を来場者が身を乗り出しながら、食い入るように鑑賞している姿が印象的だった。
リアルな場でそれぞれのSNS観に思いを馳せる体験
「#もしもSNSがなかったら」というテーマのもと、それぞれが自らの実体験を踏まえながら、さまざまな思いをめぐらせ、それを言語化あるいはアート作品として具現化した本展。そこに並べられた作品群をひと通り眺めて思ったのは、その表現方法の自由度と、それぞれのSNS解釈の多様さだった。それもそのはず。本展は「SNSとは何か」を問うものではなく、SNSがそれぞれの意識にもたらした「変化」を、多角的に表現した展覧会なのだから。
一つひとつの作品を眺めながら、いつしか自身のSNS観に思いを馳せる来場者たち。その胸の内には、いったいどんな「思い」が去来していたのだろうか。しかも、それをSNSの中ではなく、実際に存在する「場所」に足を運び、その目で見て、感じて、考えること。その「体験」こそが、実は本展のいちばんの肝だったのかもしれない。
- イベント情報
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- 『SNS展 #もしもSNSがなかったら』
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2018年5月19日(土)~5月27日(日)
会場:東京都 秋葉原 3331 Arts Chiyoda メインギャラリー
時間11:00~20:00
参加アーティスト・キュレーター:
のん
菅本裕子
小山健
能町みね子
燃え殻
濱田英明
たなかみさき
最果タヒ
塩谷舞
UMMMI.
藤原麻里菜
東佳苗
- プロフィール
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- のん
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女優、創作あーちすと。 1993年兵庫県生まれ。アニメ映画『この世界の片隅に』で主役すずの声を担当。写真集『のん、呉へ。 2泊3日の旅』、ムック『創作あーちすとNON』、刊行。音楽レーベル『KAIWA(RE)CORD』発足。のん公式ファンクラブ『NON KNOCK』開設。4月には渋谷GALLERY Xにて、のんひとり展「女の子は牙をむく。」開催。
- 能町みね子 (のうまち みねこ)
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北海道出身。近著「雑誌の人格」「雑誌の人格2冊目」(共に文化出版局)、「ほじくりストリートビュー」(交通新聞社)、「逃北」「言葉尻とらえ隊」(文春文庫)、「ときめかない日記」(幻冬舎文庫)など。ほか雑誌連載多数、テレビ・ラジオにも出演。
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