実は最近、福岡県下では感度高めな人々の間で、北九州市にディープなカルチャーが息づいていることが噂になっている。一般的に福岡県の街と言えば、多くの人が福岡市のことを思い浮かべるだろう。たしかに、福岡市内は面白い。食べものは美味しいし、街には自転車が行き交い、ごみごみしていない。緑も程よくあり、交通インフラが整っていて便利だ。福岡県内にずっと暮らしている僕自身、今もなお大好きな街だ。だが、最近、少しもの足りなさを感じている自分がいる。情報があり過ぎるし、出揃っているのだ。仮に美味しい店を探そうと思えば、ネット記事でも、雑誌でも多々取り上げてあるし、必要な情報を得るためのソースが巷に溢れている。
対比して俄然、際立つのが北九州市の存在。空港、JRでのアクセスは良好で、小倉を中心にその界隈に街が広がり、都市としての充実ぶりに目を見張るものがある。それなのに、僕はずっと小倉の良質な情報に触れてきていない。そのソースがなかったからだ。
今回、東京在住のZEN-LA-ROCKと福岡市在住のNONCHELEEEが北九州市にやって来たのも、そんなヤバい気配が立ち込めているこの街の魅力を堪能することが目的である。ZEN-LA-ROCKはラッパーであるとともに、アパレルブランド「NEMES(ネメス)」を手掛け、最近ではG.RINA、鎮座DOPENESSらと共に結成した新ユニット「FNCY(ファンシー)」も話題を集めている。一方で、NONCHELEEEもイラストレーターであり、グラフィティアーティスト・KYNEと共同でクリエイティブスタジオ「ON AIR」を立ち上げ、2018年Kazuma Ogata、徳利、Centoを加えた5人で運営。今年4月から地元FM局でON AIRメンバーによるラジオ番組も始まった。お互いに活動のフィールドは広く、マルチな活躍を続けている。
そんな2人の目に、はたして北九州市の今はどのように映ったのだろうか。このテキストと写真たちは、その旅の記録である。
「『掘れば掘るほどある』街だった。小倉の街はどこまでも深いという実感が、今、しっかり残ってる」(ZEN-LA-ROCK)
ふうっと吐き出した煙の白色は何かに染まることなく空間の中へと静かに消えていった。
ZEN-LA-ROCK:北九州、濃かったなあ。
NONOCHELEEE:こんなに名所だらけで、しかも福岡市から近いって知ってたら、もっと早く来ておきたかったですよ。
ポツリと呟いた言葉に、同意を返すもう1つの声。ZEN-LA-ROCKとNONCHELEEEは、北九州市の老舗カフェ「CAFE DE FAN FAN」で濃密な2日間を振り返っていた。
昭和の純喫茶然としたCAFE DE FAN FANで2日間の旅を総括(左から:NONCHELEEE、ZEN-LA-ROCK)
NONCHELEEEはジャケットへのイラスト提供やアートワーク協力など、ZEN-LA-ROCKの作品において度々、共演していた。出会いは2014年。福岡にツアーでやって来たZEN-LA-ROCKに、以前からファンだったというNONCHELEEEがライブ会場へと会いに来たことをきっかけに、交遊関係がスタートする。
知己の2人が北九州は小倉駅に降り立つ。この後、2日間にわたり、ドープな体験が待ち受けることになる
ZEN-LA-ROCK:北九州って、これまでライブで3回来たくらい。ライブが終わって、お酒飲んで、翌朝には次の目的地に向かうという感じで、全くこの街について知らないって感じだったね。
NONOCHELEEE:僕もです。こうしてどっぷり過ごしたのは初めてですね。
ZEN-LA-ROCK:ここは「掘れば掘るほどある」街だった。たった2日の滞在だったけど、小倉の街はどこまでも深いという実感が、今、しっかり残ってる。
ZEN-LA-ROCKはそう言うと、溶けた氷で少し薄くなったアイスコーヒーをごくりと飲み干した。
旦過市場:北九州が誇る誘惑だらけのストリート
2人が最初に訪れたのは旦過市場。「北九州の台所」という愛称で、古くから北九州市民に愛されてきた場所だ。その歴史は大正時代に遡り、その当時は青空市のような様相だったが、戦後、闇市的な場となり、次第に現在のような市場の形ができあがっていった。
旦過市場の中は鮮魚店や、八百屋、総菜店などさまざまな店で賑わう
NONOCHELEEE:活気、すごいですね!福岡市だったら柳橋連合市場が似た雰囲気だと思うんですが、規模が倍くらいあるんじゃないですか。
NONCHELEEEが声を弾ませる側で、ZEN-LA-ROCKも会心の笑みを見せながら、こう続けた。
ZEN-LA-ROCK:僕は食べることが大好きで、とにかく美味しいものがあれば黙っていられない。全国をツアーなどで巡ってきたけど、こんなに誘惑だらけのストリート、なかなか出会えませんよ。
魚のすり身を揚げた旦過市場名物「カナッペ」、昔ながらの大きな鍋で煮込まれた「旦過うどん」の看板メニューであるおでんを途中でつまみつつ、2人は市場の中を散策した。ぬか炊き、鯨、地元の鮮魚など、見るもの全てが興味の対象というように、頻繁に足を止めつつ、ぐるりと市場内を巡る。
大學堂:若いアイデアが歴史ある市場の魅力を最大限に引き出す
この日の昼食は「大學堂(だいがくどう)」でとることにした。大學堂は、2008年に北九州市立大学(以下、北九大)と旦過市場の共同事業によって生まれた多目的スペース。「街の縁台」をコンセプトに、北九大の学生たちが中心となり、食、演劇や音楽、絵画といったカルチャーを発信している。
大學堂のスタッフである北九大のみなさん。空手とテクノを組み合わせたイベントも開催しているとか
名物が大學丼(200円)。白ご飯をよそった丼が手渡されるので、その丼を片手に旦過市場を巡る。刺身、唐揚げ、漬物など、気になった食材を市場のお店で購入すれば、その場で丼に仕上げてくれるというシステムだ。NONCHELEEEは「浜田水産」を狙い撃ち。シマアジ、本マグロ、イクラを乗せた海鮮丼として楽しんだ。
NONOCHELEEE:イラストレーターとして一本立ちする以前は、魚屋で働いていたんですよ。そこで魚が売れるように、イラストを描いてPOPにしていました。実は魚愛、結構あるんです。
一方、ZEN-LA-ROCKは「武藤商店」の店頭に並んでいたウナギをチョイス。創業70年で、開業当時から継ぎ足しながら使っているウナギのタレが食欲をそそるうな丼を堪能した。
ZEN-LA-ROCK:こうやって狙いを定めて1箇所で丼を作っても良いし、2、3人で食材をシェアしつつ、豪華なバラエティー丼にしても良いし、最高だね。
NONOCHELEEE:丼があることで、自然と市場の中をぐるりと巡ることになるし、食材を探すわけだから、一つひとつの店、売っているものをじっくり観察してしまいますよね。すばらしいなあ、このシステム。
そして、学生さんが運営しているというのも良いですよね。歴史ある市場の中で、こうやって若者との接点が生まれるって、とても重要な意味があると思います。
千春:東京や福岡でもなかなか食べられない北九州市のブランドたこ、関門海峡たこを堪能
市場内を注意深く観察しながら巡ってみるとわかるが、その食材の多様さに気がつくはずだ。古くから、北九州市の中心として栄えてきた小倉の街は、近隣から食材が集まってくる場所だった。
例えば、その1つとして関門海峡たこがある。「千春(せんのはる)」は、関門海峡の急流が育んだ食感に優れたこの地だこをメインに据えた居酒屋で、その日の朝獲れたての新鮮なブランドたこを和洋折衷の料理にして出してくれる。実は現役のたこ漁師による直営店。たこに関しては誰にも負けないという熱意溢れる店だけあり、様々なたこ料理が満喫できる。
「千春」では、定番のたこ刺し、たこ飯をはじめ、揚げ物、たこしゃぶなど、とにかくたこづくしのコース料理を堪能
「千春」のたこ料理。見るからに締まっている身は、関門海峡の速い流れの中で育まれるという
「漁場が近いということは、それだけ鮮度も良いということ。獲れたて、直送ですから、これだけの料理をご用意できるんです」と店主は嬉しそうに教えてくれた。
ナビゲートをしてくれた北九州市役所企画調整局のメンバー(左から:岩田健、森井章太郎、石川裕之)
平尾酒店:本場の角打ちで酒場カルチャーの真理を実感
近隣から豊かな食材が集まる北九州市では、その流れで、豊かな食文化も育まれている。中でも忘れてはならないのが、酒場文化である。その象徴が、北九州市発祥の角打ち。北九州市はかつて、日本における代表的な石炭の産地だった「筑豊炭田」を抱え、八幡製鐵所を中心に重工業が盛んだった地域だ。この地に集まり、汗を流した労働者たちが仕事上がりに求めたのが酒だった。
「平尾酒店」に入ると、時計の時刻は17時を回ったくらいだが、すでに完全に出来上がった人たちで賑わっていた。居酒屋などの飲み屋が開店する前に飲みたいという需要から生まれたのが角打ちなんだと、常連客の鈴木さんが教えてくれる。
なるほど、この早い時間から飲んべえで店内が埋まる光景こそ、角打ちならではの原風景なのか。そんな場の中心で、にこやかにしているのがこの店に欠かせない看板娘である女将さん。宝塚を思わせる、上品で、よく通る声の持ち主は、その場に立っているだけで、周りをにこやかにする。
「おまかせで!」と注文したZEN-LA-ROCKとNONCHELEEEの前に差し出されたのが、看板メニューという「ソーセージ玉ねぎサラダ」。
平尾酒店の看板メニュー「ソーセージ玉ねぎサラダ」(1人前200円・写真は5人前)
玉ねぎのシャッキリ感をこれでもかというくらいに掛けられたマヨネーズのコク、大胆かつ気持ちよく振りかけられた一味による辛味とともに味わう一品だ。山盛りだが、これが不思議とスイスイいけてしまう。半分ほど食べたところで、女将さんは2人の目の前に置かれた缶詰の中から、「昔から人気があるのよ」といってサバの水煮缶を出してくれた。
NONOCHELEEE:これまた、とろけるようにうまいですね。いいなあ、この何ちゃない、肩肘張らない感じ。
NONCHELEEEが、いかにもたまらないといった表情を見せると、先ほどの鈴木さんはこう言ってグラスに残ったビールを呷った。
鈴木さん:こうして地元以外からも角打ちに来てくれることは嬉しいですよ。昔は角打ちもたくさんあって、でもある時には不思議なもんで、いつまでもあると思っているから足を運ばない。減少し、無くなりつつあると聞くと行きだす。幸せな時には、幸せなことに気がつかないんですよ。
長く続く店には、良いお客がいる。僕らが店を帰る頃になっても、未だに止まない笑い声。そのガヤガヤとした賑わいが、しばらく頭から離れなかった。
MEGAHERTZ:ノイズからファンク、ハードコアパンクまで。北九州の音楽カルチャーを牽引
頭に残った酒場の喧騒とリンクして思い出されるのが、北九州市に根付く音楽文化。ZEN-LA-ROCKとNONCHELEEEの2人は、滞在中、いくつかの音楽スポットを巡っている。カフェバー「MEGAHERTZ(メガヘルツ)」を訪れると、営業前の、シーンと静まり返った空間に、ジミーさんこと松石大介さんが立っていた。店がオープンしたのは1999年。19年にわたって北九州界隈の音楽カルチャーを牽引してきた店だ。
ジミー:テクノ、ノイズ、ハードコア、それから、ソウル、ファンクみたいな生音系のイベントもやっていますね。ジャンルみたいなものには特にこだわりがないです。無理やり括るなら、自分が好きな音楽でしょうか。
とはいえ、ジミーさんの琴線に触れる音楽は、ここに集まる音楽フリークたちの心を掴み、その常連たちの求めるものを提供するというスパイラルによって、MEGAHERTZは年を経るにつれて、どんどんディープな場になっていく。
ジミー:誤解を恐れずに言うなら、うちのお客さんはパーティーピープルではなく、オタクかなあ。単純に音楽でノッて、お酒を飲んで、ワーッと騒ぐようなタイプではなく、もっと、音楽を深いところで愛でるような、マニア気質な方が多いような気がしますね。
ライブハウスでもなく、クラブでもない。平日にカフェバーとしてラウンジDJがグッドミュージックを流すのは仮の姿で、その本質は、例えばスイスからノイズミュージックのアーティストが訪れ、先のイメージをかっさらってしまうような流動的カオス。
ジミー:20年くらい前にはもっとノイズアーティストがいたんですけどね、音楽そのものがノイズだし、演者たちが耳を悪くして長く活動できてないという側面もあって(笑)。
冗談まじりに苦笑いするジミーさんだが、その耳はおよそ20年にわたってノイズミュージックのシーンを追ってきたということにもなるわけで、NONCHELEEEの意外な過去ともつながっていた。
NONOCHELEEE:ぼく、昔、掃除機を使った音楽表現をしていて、実はその時、この店でライブさせてもらったんですよ。こういう表現の世界って、やらせてもらえる場があるということがとても大切なんです。今日まで残っているカルチャーも、最初はどれもマイノリティからのスタートだったと思いますから。
最近は、日中に親子で楽しめるイベントの運営にも取り組んでいるというジミーさん。「DJをするママたちはもちろん、子供たちも笑顔になれるこの活動が、DJという文化が次の世代へと受け継がれていくきっかけになれば嬉しい」と笑顔で語った
DJ BAR HIVE:小箱にスピーカー12発。福岡市とも違うバイブスが漂う
MEGAHERTZの元店長である大草繁夫さんが営む「DJ BAR HIVE(ハイブ)」。2013年の開業以来、その在り方は多くの要素を併せ持つMEGAHERTZとは対局的に、いわゆるクラブミュージックに特化したスタイルを貫いている。
1990年代にどっぷりテクノミュージックの洗礼を受けた大草さんは、HIVE創業の思いをこう語る。
大草:自分がやりたいことを100%表現できる場を作りたいという気持ちだけですね。
ZEN-LA-ROCK:去年、レコ発のツアーでここにライブをしに来たんですよ。元々、仲間のミュージシャンたちから良いハコだと聞いていたし、何より、大草さん自身がDJだから、こっち側なんですよね。だから安心できますよ。
マックス150人を収容できるこのHIVE。そのフロアには実に12ものスピーカーを備えている。Altec、TANNOY、JBLとメーカーは様々。
大草:自分が使いたいものを集めた結果、こうなりました。まあ、無駄なんですけどね。
少し自嘲気味に苦笑いする大草さんに対して、ZEN-LA-ROCKは笑顔で応える。
ZEN-LA-ROCK:ゲストとしては嬉しい限りですよ。アツさを感じるじゃないですか。
それと、ここはステージがないから、ライブ中もお客さんとの近さをバシバシ感じましたね。至近距離ですよ、本当に。ライブが終わった後も、お客さんとフラットに話せますし、一体感がすごかった。
ZEN-LA-ROCK曰く、小倉には特有のバイブレーションがあり、騒ぐ時の爆発力が他の地方のそれと違い、激しいのだという。
「あの日も狂乱でしたからね(笑)。これくらいの規模感だとしっかり一人ひとりのオーディエンスに届いているなという実感もあります」と自身のライブを振り返るZEN-LA-ROCK
現在、ライブが決まっているアーティストはSEKITOVA、BUDDHAHOUSE、80kidzだと聞いて、NONCHELEEEがつぶやいた。
NONOCHELEEE:ああ、何か、福岡市内でやるよりもハマる気がするなあ。あくまで僕のフィーリングですけど、バイブスが合っていると思いますね。福岡市から見ると、確かに小倉は同じ県内ですけど、郊外になるのかな。近いけど、違う空気のある場所。渋谷と横浜みたいな感覚かもしれないですね。
田口商店 小倉店:膨大な在庫量と店主の知識に圧倒されるレコード屋
コアな音楽ファンがいること。そのファンたちによる熱狂が独自のノリ、一体感を生み出していること。その源流には、MEGAHERTZやHIVEという確かな文化発信スポットがあったのだとあらためてわかった。
そしてもう1つ、小倉の音楽シーンを語る上で外せないのが、レコード屋「田口商店 小倉店」だ。ここは福岡市のけやき通り沿いに本店を構える同店の姉妹店で、現在は経営も別になり、屋号だけがその歴史を伝えるばかり。普段、福岡の店によく訪れるというNONCHELEEEは、初めて訪れた小倉の「田口商店」に入るなり、眼を輝かせながら、「おお、やっぱりラインナップ、違いますね!」と声を弾ませた。
ZEN-LA-ROCK:以前、音楽仲間に連れられて訪れたことがあるんです。やっぱりこういう仕事をしていると、その土地、地域のレコ屋はマストですから。東京に帰って別の仲間に「小倉の田口商店に行った」と言うと、即「あそこ、良かったでしょ!」と言われて。この店は東京でもかなり名前が通っていますよ。
ZEN-LA-ROCKもそう言いつつ、その目ではわずかな時間も無駄にはできないといったように、すでにレコードをチェックしていた。
現在の店主は川上秀壮さん。この店には26年前、バイトで入ったのが始まり。現在は先代からこの店を受け継ぎ、一方で、NEO FANTASTICというグラムロックバンドのギター&ボーカルとしても活動している。
川上:NONCHELEEEさんが言うように、福岡ともラインナップは違いますよねえ。うちは歌謡曲が充実しているかな。あと価格もリーズナブルだと思いますよ。あ、そうだ、ゼンラさん、こんなのありますけど、聴いてみます?
川上さんはそう言って、いくつかのレコードをかけてくれた。北九州市が生まれた年に記念して作られた“北九州音頭”、漫談に魅せられ、その漫談にジャズのエッセンスを添えた松鶴家千とせによる名盤“わかんねェだろうナ(夕やけこやけ)”、かつて全国ヒットも飛ばした北九州発のバンド「ラブマシーン」による楽曲、北九大の軽音楽部のメンバーが昭和49年に卒業記念にプレスしたレコードといったように、そのサジェストはZEN-LA-ROCK、NONCHELEEEを唸らせた。
松鶴家千とせ “わかんねェだろうナ(夕やけこやけ)”の7インチ
ZEN-LA-ROCK:この川上さんのオススメが、はずさないんですよね。以前も良い感じの楽曲をオススメしてもらって、さすがだと感心しました。
確かにこの場にはおそらく何万という音源がストックされていると思うが、例えば「~ありますか」と尋ねると「~はないけど、こういうのもお好きじゃないですか?」「~のレコードはないけど、CDだったらありますよ」と返ってくる。一つひとつの楽曲を深く理解し、この在庫の全てを把握しているのだろう。圧倒的な記憶力だ。
NONCHELEEEはこの日、大量のカセットテープを購入した。これだけ買っても2,000円以下という価格設定
NONOCHELEEE:北九州の田口商店は初めてでしたが、かなりの収穫でした。これだけまとまってカセットが残っている店ってそうないですよ。カセットテープって曲飛ばしが容易ではないので、想像しなかったものが激流のように入ってくるから好きなんです。ジャケットもイラストやデザインの参考になりますしね。
GALLERY SOAP:北九州カルチャーの源流。東京とも違う独自の立ち位置でアジアを見る
食文化、そして音楽の話題を通して、北九州の独自性が随分と浮かび上がってきたように思う。NONCHELEEEが「渋谷と横浜」に例えたような、電車で1時間くらいの距離感で、随分と街の様相が異なるような面白さが、ここ福岡においても、博多・天神と北九州によって体感できるのだ。
そして博多・天神と北九州の違いは、食、音楽だけでなく、カルチャーそのものにも表れている。実はMEGAHERTZのジミーさんがオープニングスタッフとして勤めていた「GALLERY SOAP(ギャラリーソープ)」は、北九州のカルチャーのど真ん中であり、ここを知らずして北九州のカルチャーは語れない。その誕生は1997年にまで遡る。
アートの展示以外にも、即興音楽や舞踏などのイベント、カフェバーとしても機能するSOAPは高い天井が印象的なスペース。音楽家・大友良英などもつながりが深い
宮川:ギャラリーといっても、ギャラリーそのままではないんですよね。アートスペースだし、トークイベントを開催することもあれば、バンドによるライブもありますし、普段はBARでもあるので、なかなか一言では説明しにくいんですよ。
そう語るのは、GALLERY SOAPのディレクター・宮川敬一さん。作家という顔も持つ宮川さん自身のことまで含めて詳細に説明すると、それだけで記事が何本もできてしまうのでここでは割愛するが、宮川さんがいたという事実が、北九州市に大きな文化的恩恵をもたらしたということだけは記しておきたい。宮川さんは、近年では『北九州国際ビエンナーレ』、ホテルアジアプロジェクトといった案件も手掛けている。
開業からの20年間で宮川さんが積み上げてきたのが、海外とのつながり。小倉という一地方都市でありながらも、東京を飛び越え、海外との接点ができるような仕組みを常に考えてきたのだという。
宮川:特にSOAPが開業した当初、地方のアーティストが飛び出していく先の出口がなくって。東京以外にそんな出口があるといいなと思っていました。
世界にアンテナを張ってきた宮川さんによれば、例えば、インドネシアのアートシーンはとても活発で、特に古都・ジョグジャカルタはジャワ美術の中心と言われるだけあり、その成熟ぶりには目を見張るものがあるのだという。
NONOCHELEEE:確かにアジア全体でアートシーンが盛り上がっている空気は感じます。中国もアツいですが、国の事情もあって表現に制約があったりします。その点、ジョグジャは良いですよね。
自身が台湾などで活動を展開しているということもあり、目下、興味のあるところだったNONCHELEEEがすかさず反応した。
宮川:地方のギャラリーはどうしても東京を見がちですよね。同じことをしてもしょうがないですから、私はアジアを見ています。
ただ、アジアに目は向いていますが、積極的にハブになりたいというわけでもないんです。誰でも良いということはなく、やはりフィットする人と組みたいと思っています。海外に限らず、オープン当初から、馴れ合いは嫌だと思っていましたから、本当にリスペクトできる人やモノを紹介してきたつもりです。
宮川さんは、そんな信念を言葉に力を込めて語ってくれた。
Kabui:北九州カルチャーの新しい発信基地
北九州のカルチャーの幹がGALLERY SOAPなら、その幹からたくましく伸びる枝の1つが「Kabui(カブイ)」だ。2016年の開業以来、巷で話題のカルチャー発信基地である。僕が北九州が面白いという話を聞くようになったのも、この店の存在が大きい。2人は初来店ということもあり、店に入ると、まずはゆっくりと店内を見渡した。
Kabuiの店内を見渡す2人とKabuiの都合希視寛(とごうきみひろ)
NONOCHELEEE:僕のイラストを使ってくれている薬院(福岡市内の地名)の麺酒場「つどい」のつながりもあって、お店の存在だけは知っていましたが、良い空間ですね。僕、昔から万力が好きなんですが、それが空間のアクセントになっていて最高です。
NONCHELEEEが注目した万力について、店主の都合希視寛さんはこう教えてくれた。
都合:すぐにバラせるように、仮止めしている状態なんです。今はこうやって雑貨や食品、アパレルを並べていますが、催しごとの際は、全部棚をどかしてしまって広いスペースを作り出しています。
東京から「スナックアーバン」のママをお招きして料理教室を開催したこともありますし、久留米から「コーヒー カウンティ」の店主や、その友人でもある料理家・あっこさんにお集まりいただいてイベントをしたこともありますよ。
Kabuiは都合さんが言うように物販のお店でもあるが、コーヒースタンドでもあり、イベントスペースでもあり、ちょっとお酒を飲むこともできる。
都合:この店を始めるにあたり、最初に取り扱いを決めたのが乾麺の冷麦でしたから。確かにアパレルの世界には長く身を置いていたんですが、だからといって、アパレルだけの店にするつもりもなく、好きなものを集めて、紹介したいなというくらいの気持ちでセレクトしています。
そう言いながら、アイスコーヒーを差し出してくれた。一方で、ZEN-LA-ROCKも店のラインナップに感動する。
ZEN-LA-ROCK:これ、TACOMA FUJIじゃないですか。ほかにも知人が手掛けている商品もあるし、置いてあるものたちに過剰な親近感を覚えますね。東京にもないような不思議な集合体じゃないですか。
一つひとつ丁寧に淹れてくれたアイスコーヒーで、取材陣一同もホッとひと息。ローカルの仲間たちが集う場所になっている
基本的にストリートブランドが好きだから、扱うブランドもそっち寄りになっていると言う都合さん。店舗の内装には、GALLERY SOAPともつながりのある北九州市在住のストリートアーティストであり、スケーターのBABUさんが携わるなど、都合さんの仲間たちによって生まれた空間には、北九州を超越した、無二の空気が流れていた。そんな自身の店について、都合さんはこう語る。
都合:ここは西小倉っていう、小倉の隣にある駅が最寄りなんです。まあ、小倉からも歩いて来れるんですけど、ちょっと離れているんですよね。この距離感がちょうどよくって。自分のペースで働けるから、こういう感じでもやっていけるんでしょうね。
それぞれが自分のペースで育み、発信する北九州カルチャー
自分のペース——都合さんのその一言が頭に強く残った。今回、ZEN-LA-ROCK、NONCHELEEEと巡った全てのスポットに刺さる共通フレーズのような気がしたのだ。
そんなエピソードがもう1つある。旦過市場に向かう途中、魚町銀天街というアーケード街を通った際、ZEN-LA-ROCKが急に足を止め、目の前のその店に吸い込まれて行った。
日本で最初のアーケード商店街であるという魚町商店街内の横丁にもまた、魅力的な飲食店がひしめいている
「魚町メガネ」はこの地で30余年、移転前を含めると半世紀という老舗。失礼を承知で言うなら、どこの街にもありそうな、ちょっと味のあるメガネ屋さんという佇まい。僕1人だったらそのまま気に留めず、素通りしていただろう。
「やっぱり!」とZEN-LA-ROCKは興奮気味に、店内を物色している。OAKLEY、Jean Paul GAULTIER、CAZALといったストリートで今も根強い人気を誇るそうそうたるブランドの、それも現行モノではなく希少なデッドストックがごろごろと並んでいた。「魚町メガネ」もまた、自分のペースを大切にしてきたのだ。
通りすがりの魚町メガネに突然入店、大興奮のZEN-LA-ROCK
「これ、珍しいものしか残っていない、といっても良いくらいのラインナップですよ」と興奮冷めやらないZEN-LA-ROCKは、試着を繰り返している。店主の桐原豊さんの言葉は、どこか誇らしげだった。
桐原さん:メーカーにも残ってないでしょうね。数千本くらいのストックがありますよ。その時代にしか生まれないデザインというものがありますから。ZEN-LA-ROCKさんのような通な方もたまにいらっしゃいますね。
「ここは『掘れば掘るほどある』街だったんです。たった2日の滞在だったんですが、小倉の街はどこまでも深いという実感が、今、しっかり残ってますね」
冒頭でZEN-LA-ROCKが呟いた一言を噛みしめるように、この2日間の記録を終えたい。
実は、博多~小倉間は新幹線で16分!という距離感。行こうと思えばあっという間に行けるのに、そのきっかけがないまま、長い時間を過ごしてきた僕は、今、そのことをとても後悔している。
- サイト情報
- リリース情報
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- FNCY
『AOI夜』 -
2018年7月13日(木)配信リリース
- FNCY
- イベント情報
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- 『Singing Pictures』
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2018年8月10日(金)~9月8日(土)
会場:韓国 ソウル Whistle Gallery
- プロフィール
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- ZEN-LA-ROCK (ぜんらろっく)
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a.k.a.の『COMBINATE FUTURE』はニューヨーク伝説のアーティストRAMMELLZEE(ラメルジー)の命名。ラッパーとしては勿論、CAPブランドNEMESの運営、楽曲提供、AbemaMix等でのDJ活動と多岐に渡りROCKしている。自身のレーベル『ALL NUDE INC.』からは現在26タイトルをリリース。まさかのMAGiC BOYZに電撃加入&卒業を経て4枚目のアルバム『HEAVEN』をリリース。2018年夏には鎮座DOPENESS,G.RINAとのグループ『FNCY』を結成し楽曲発表をした。
- NONCHELEEE (のんちぇりー)
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音楽活動と並行し、2014年にイラスト活動を本格スタート。飲食店や器ブランドなどの看板&商品イラストを多数担当する。タレントの渡辺直美さんがプロデュースするブランド『PUNYUS』のウエアにイラストが採用され話題に。グラフィティアーティスト・KYNEと共同でクリエイティブスタジオ『ON AIR』を立ち上げ、2018年Kazuma Ogata、徳利、Centoを加えた5人で運営。今年4月からLOVE FM(76.1MHz)でONAIRメンバーによるラジオ番組『ON AIR presents HOT』も始まった。
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