『ケトル』嶋編集長も唸った、学生が作った下水道ZINE
「下水道の魅力を世の中に伝えるには、どうすればいい?」。もしあなたがそんなお題を出されたら、どう応えるだろう? 水や海ならまだしも、テーマは「下水道」。きっと、戸惑ってしまうのではないか。しかしそんな難題を学生に課したプロジェクトがある。「下水道の魅力を、編集の力で若い世代に届ける」をテーマにスタートした「東京地下ラボ by東京都下水道局」だ。この東京都下水道局のプロジェクトで、デザイン、工学、科学と異なるバックグランドを持つ学生がグループを組み、下水道に関するZINEを制作していくことになった。学生たちはこの難題にどう応えたのか?
スタートは、いまから約3か月前の2018年11月18日に遡る。首都大学東京でプロジェクト概要の説明とワークショップが開かれ、雑誌『ケトル』編集長の嶋浩一郎による編集に関するレクチャーが行われた(参考:『ケトル』編集長が講義。編集の力で、下水道の面白さに迫る)。12月8日にはフィールドワークも実施。プロ・ナチュラリストの佐々木洋をファシリテーターに、下水道の普及できれいになった多摩川に生息する生物や植物を観察し、さらに川で獲れた鮎を天ぷらにして食べた。
こうした活動を経て、学生たちはZINE制作に突入。その成果報告会が2月13日に東京都庁で開催された。会場には、プロジェクトに参加した学生たち約30名8グループに加え、審査員として、ワークショップで編集について講義を行った嶋浩一郎、認定NPO法人ウォーターエイドジャパン事務局長の高橋郁、そして東京都下水道局総務部長の安藤博の3名の姿も。この日は、グループごとに3分間のプレゼンテーションを行い、その中から投票で「グランプリ」「メディア賞」「ソーシャル賞」を選ぶ。
主催者挨拶や審査員紹介などが10分程度で行われた後、学生たちからそれぞれに趣向を凝らしたZINEが紹介された。スーパーの折込チラシ風にしてトイレや食器洗いなどに使われる下水道料金を紹介したものや、汚水処理で活用される微生物を水族館に見立てて紹介するZINEなど、どれも創意と工夫を凝らしたものばかり。そのクオリティーの高さに審査員の3名も唸るほどだった。
一同を驚愕させたZINEのテーマは、「下水道×サンドイッチ」
その中から見事に「グランプリ」を獲得したのは、清流復活事業に着目した『私と川と、サンドイッチ』。川へピクニックにでかける際にぴったりのサンドイッチを考案して紹介したZINEだ。
制作に携わったのは、首都大学東京大学院修士生の竹内泰裕さん、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科の石上真菜さん、武蔵野美術大学基礎デザイン学科の船越源さんの3名。石上さんがアイデアを練って企画の方向性を決め、それをもとに船越さんがデザイン。そして竹内さんが原稿を書いた。
それにしても、下水道とサンドイッチは一見するとなんの関係性も見られない。なぜこの切り口にしようと考えたのだろうか。
石上:「下水道」には汚い印象があるのですが、私たちがフィールドワークで訪れた多摩川はすごくきれいでした。だから、負のイメージを払拭するためにはどうしたらいいかをすごく考えました。その中で川にピクニックに行くアイデアが浮かんだんです。最初はおにぎりやお弁当の案も出ました。でも、手軽さや写真にしたときのかわいさなどを考慮したらサンドイッチかなって。
このZINEはサンドイッチの形をしており、複数冊を横に並べて写真を撮影したときにものすごく映える仕組みになっている。多くの若者が「インスタ映え」を意識して写真を撮影するいまだからこそ、この手法は強く刺さるわけだ。このデザインにたどり着くまでにどのような思考のプロセスがあったのだろうか。デザインを担当した船越さんは次のように説明する。
船越:いちばんに悩んだのは、サンドイッチと川をビジュアル的にどのように結びつけるか。すごく遠いところにあるもの同士だったのですが、川をサンドイッチの具に見立てるアイデアがひらめた瞬間は「来た!」と思いましたね。メンバーにすぐ連絡するくらいうれしかったです。
しかも、このZINEは8つ折りになっており、開けると裏面にパンに具がサンドされている写真と対比するように、川が岸辺でサンドされている写真が並ぶ。そうしたユニークなギミックがあることも、このZINEの興味深いところだろう。
そして中面では、渋谷川、目黒川、野火止用水、玉川上水の4つの川に関する説明と、それぞれをイメージしたサンドイッチが掲載されている。ここで紹介されているスポットに、メンバーは実際に足を運び、そこから連想されるレシピを考えて調理したという。
このページで原稿を担当した竹内さんは、普段はものづくりに携わる機会はほとんどないそうだ。それだけに困難な点も多かったのではないだろうか。
竹内:そうですね。たった4つの文章ですが、完成するまでに1週間ほど費やしました。思った以上に文字量が少なくて、限られた文字数の中で必要な情報を詰め込む大変さを知ることができました。
学生が実証した、新しい視点を提供する「編集の力」
「編集とは、情報を整理してわかりやすく伝えることだと捉えられています。でも、みんなが気づいていない価値を見つけ出す役割もあるんですね。」
2018年11月のワークショップで、嶋浩一郎は「編集」についてそう説明していたわけだが、実際に学生たちが制作したZINEには、新たな視点があふれていた。それはこれまでに紹介したもの以外にも当てはまる。
「メディア賞」を受賞した『SEWER AND FASHION』では、ハイヒールやフープスカートといったファッションアイテムが誕生した背景が、ヨーロッパの下水道の歴史と紐付けて紹介されていた。また「ソーシャル賞」を受賞した『下水道のない世界』では、下水道のない都市とある都市をポップなイラストで表現。下水道のない世界は開発途上国に存在しているわけだが、それをあえてシリアスなトーンにならないようにうまく表現していた。それぞれに多くの賛辞が集まったのも頷ける。
日常を送るうえで、特に意識していないさまざまなもの。それらに目を向け、ときに視点を変えたり、意外なものと組み合わせたりすることで、思わぬ価値が生まれることがある。そうした気づきが、学生たちにあったに違いない。
そして、それは開催主となった下水道局の職員たちにも。本プロジェクトを見守ることになった東京都下水道局総務部広報サービス課の羽場加奈も、この3か月を次のように振り返る。
羽場:私自身、広報誌の制作をしているのですが、どうしても正面から淡々と説明するような形になってしまうんですね。だから、切り口次第でこんなにも多様な世界が広がるのだなという驚きがありました。
例えば、下水道局職員が普段からなんの気なしに使っている作業制服や公用車のデザインも、学生たちからするとすごくカッコいいらしいんです。自分たちが見落としている魅力を知るきっかけになったなと思います。今回のプロジェクトで得た知見を今後の広報活動に活かしていきたいですね。
さて、本プロジェクトは2019年度、2020年度の開催もすでに決まっている。どのようなテーマになるかは未定だが、今年度の取り組みが基準となり、さらにアップデートされた形で展開されることは間違いないだろう。
ちなみに学生たちが制作したZINE は、これから東京都下水道局の広報活動のために広く使われることになるという。もしかしたら、街中でふと巡り会うこともあるかもしれない。そのときは立ち止まって、手に取ってみてほしい。日常では想像しないような下水道の魅力を知るきっかけになるはずだ。
- イベント情報
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- 『東京地下ラボ by東京都下水道局 下水道の魅力を、編集の力で若い世代に届ける』成果報告会
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2019年2月13日(水)
会場:東京都庁
審査員:株式会社博報堂ケトル 嶋浩一郎ほか
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