インディーズレーベルが、なぜレコードプレス事業を?
今年15周年を迎えるインディーズレーベル「タフビーツ」が、株式会社Recozの協力のもと東洋レコーディング株式会社と連携して、アナログレコード事業「タフヴァイナル」を立ち上げる。
イスラエルはテルアビブ発のロックバンド・Boom Pamや、沖縄民謡の大御所・大城美佐子、アイヌの伝統弦楽器「トンコリ」を現代に復活させたOKI率いる・OKI DUB AINU BANDなど、ジャンルや国籍を問わず良質な作品を輩出し続けてきたタフビーツ。彼らがアナログレコード事業を立ち上げるきっかけとなったのは、「ミュージシャンが求める『理想の音』を国内で実現したかったから」と、レーベル代表の神尾元治は語る。
神尾:私たちのような小さなレコードレーベルは、アーティストとの信頼関係で成り立っています。CDの売上低迷が続き、ストリーミングやサブスクリプションなど新しいサービスが普及していくなか、どんな形で作品をリリースしていくべきかをアーティストと話し合ったところ、「アナログレコードを出したい」という声が非常に多かったんです。
神尾:僕もRecoz代表の宇都(孝志)さんも、特にアナログレコードのマニアというわけではなくて。ただ、ミュージシャンが求めているものを実現に近づけ、一方でビジネスとしても成立させることができるかを常に考えているんですね。
そこで神尾と宇都がイメージしたのは、デトロイトにある「Third Man Records」だった。2001年にジャック・ホワイト(ex.The White Stripes、The Raconteurs、The Dead Weather)が、自らの音源をアナログ盤でリリースするために設立した同レーベルには、自身のバンドはもちろん、The Black Bellesやワンダ・ジャクソン(1950~1960年代に活躍した「ロカビリーの女王」の異名で知られるシンガーソングライター)ら幅広い年代のアーティストが所属。ライブ会場やスタジオ、レコードショップが併設されており、そこで行われたライブやレコーディングの模様が、たった数時間で「音源」となり購入できるという画期的なスタイルは、世界中で大きな話題となった。
神尾:レコードをプレスしている様子を見学可能にして、それこそThird Man Recordsのようにカフェやライブスペースを併設したら面白いんじゃないか、というのが僕と宇都さんの当初の計画でした。もしくは、ジャマイカにある町工場のようなプレス工場をイメージしていました。
ただ、実際にはそんな簡単な話ではなかったという。
プレススピードは約30秒に1枚。蒸気ボイラーレスの最新式プレスマシンとの出会い
アナログレコードが作られる工程は、「カッティング」「メッキ加工」そして「プレス」と大きく分けて3つある。「カッティング」とは、アーティストから預かったマスター音源を、レコードのフォーマット(LPやSP、7インチシングルなど)に合わせ、音量や音質などを調整してラッカーディスクに溝を刻むこと。「メッキ加工」とは、このラッカーディスクの表面を銀でコーティングし、表面にニッケルをメッキすることである。こうしてできあがった「マスタースタンパー」から複製した「凸版スタンパー」で、塩化ビニールを「プレス」しレコードが完成するというわけだ。
このうち1番目の工程である「カッティング」と、3番目の「プレス」は日本でも限られた場所で行われているが、2番目の工程である「メッキ加工」の難易度が非常に高く(取り扱うための許可も下りにくい)、現在国内でその技術を持つ職人も極めて少ない。となると、神尾と宇都が当初イメージしていた「Third Man Recordsのような空間」を作るのは、現段階では不可能に近い。
神尾:国内でカッティングからプレスまで一括でできる東洋化成さんや、海外の工場にオーダーすればいいわけですが、それだと制作予算的に厳しかったり、海外の場合は納期が読みにくい。
もっとドメスティックに、自分たちが欲しい分だけ低コストかつ効率的に作ることはできないか? そんなことを考えながらいろいろ調べていたところ、カナダの「Viryl Technologies」というメーカーが、WarmToneという新型のプレスマシンを開発したことを2年前にネットで知り、直接メールで連絡を取りはじめました。そこから紆余曲折ありましたが、去年の8月、ついに現地まで実物を見に行くことができたのです。
コンピュータによって制御された全自動のWarmToneは、旧来のプレスマシンとは違い、蒸気ボイラーを使わず約30秒に1枚のスピードでレコードをプレスすることができるという。「カッティング」と「メッキ加工」は外部に発注したとしても、「プレス」を国内でやるだけでコスト削減につながる。そう考えた神尾は、CDやDVDのプレス工場を持つ東洋レコーディング株式会社と連携することによって、WarmToneの導入を実現した。
1枚あたり、およそ30秒。最先端のレコードプレス現場に潜入
そのWarmToneの「テスト運転」の様子をCINRA.NETでは、神尾、宇都とともに見学することができた。相模鉄道本線・さがみ野駅から徒歩15分ほどの場所にある大きなプレス工場。CDやDVDなどが、大規模なラインに乗って次々と作られていくその一角に、レコードプレスマシンWarmToneはあった。
前述の通り、ここで行われているのはアナログレコード制作の最終工程である「プレス」だ。すでに「カッティング」と「メッキ加工」を経て、凸版スタンパーとなって送られてきた「音のデータ」をWarmToneに取り付け、次々とレコードがプレスされていた。
材料となるのは粒状の黒い塩化ビニールで、それをホースでWarmTone本体に吸い込み、ヒーターの入った「加熱棟」でドロドロに溶かす。筒状になった「加熱棟」から、トコロテンのように押し出された拳大の塩ビが、凸版スタンバーが取り付けられた台まで運ばれ、上下からプレスされて溝が刻まれる。余った塩ビをカッターでくり抜き、レコードの完成だ。
1枚あたり、およそ30秒。想像していた以上にスピーディーで驚いた。WarmToneのそばには試聴用のレコードプレーヤーが設置されており、できたてホヤホヤのレコードを聴かせてもらったのだが、一連の過程を間近で見たうえで聴くそのサウンドは感動的だった。とはいえ、まだ「テスト運転」の段階。動作の過程で生じる細かい不具合などを、東洋レコーディングのスタッフたちが一つひとつ検証し「本運転」に備えていた。
神尾:とりあえず、テスト盤の音色はとてもよかったので安心しました。システム面での試行錯誤はもう少し続きますが、安定すれば非常に効率よく、低コストで動かすことができるようになると思います。
「アップデートされたアナログレコードの世界が今後は広がっていくはず」
今回、神尾がタフヴァイナルの立ち上げを決意したのは、カナダでViryl Technologiesの社長が話した「アナログレコードは50年周期で進化しており、今は次の新しい周期の入口にいる」という言葉が大きかったのだという。
神尾:最初に話したように、僕も宇都さんもアナログのマニアではないし、決して懐古趣味でレコードを求めているわけではないんです。「アナログレコード」というフォーマットを使って、新しい音を生み出す気持ちで取り組んでいるというか。ビンテージのプレスマシンを並べて、昔ながらのやり方を踏襲することも必要ですが、自分たちは新しい技術をどんどん取り入れていきたい。「新しいアナログサウンド=タフヴァイナルのサウンド」となれば最高かなと思っています。
たしかに、ここ10数年の間に再生機器、特にスピーカーやヘッドホン、イヤホンといったモニター環境が著しく進化し、それに合わせて音楽そのもののデザインもアップデートを繰り返してきた。「現代のモニター環境で再生したときに、気持ちよく感じるアナログサウンド」を追求するなら、昔ながらの作り方には限界があるのかもしれない。
神尾:まさしくそうなんです。マシンもどんどん進化しているので、アップデートされたアナログレコードの世界が今後は広がっていくはずです。僕たちも、いろいろ検証してみたいですね。
たとえば今回は、日本コロムビアの優秀なベテランエンジニアさんにカッティングをお願いしたのですが、今は若いエンジニアで「レコードのカッティングをやってみたい」という人も多いので、彼らにも一緒に協力してもらえたらと思ってます。既存のフォーマットや考え方に捉われない、新しい発想で作られたアナログレコードの音を、ぜひ聴いてみたいです。
2人の話を聞いていて印象的だったのは、とにかくアナログレコードを一部のマニアのものだけにしたくないという思いがとても強いということだ。Recoz代表の宇都はこう語る。
宇都:僕自身、アナログも聴けば、CDやデータの音も楽しんで聴いています。音ってそれぞれ好みがあるし、アナログにもCDにも、データにもそれぞれの音のよさがあると思うんですよね。音楽との相性もきっとあるだろうし。これからは、「日常のシチュエーション」に合わせて、再生メディアを変えていくことを提案していきたいです。
たとえば、移動中はストリーミングで気軽に聴いて、家でリラックスしたいときにはレコードをかけてじっくり聴く。アナログレコードが「選択肢のひとつ」として加われば、日常がより豊かになると思うんですよね。
神尾:僕らはまだ、最初の構想を諦めたわけじゃないんですよ。将来的にはThird Man Recordsのような空間が作れたらいいなと思っています。
これからのアナログレコードは、決して懐古趣味でもファッショントレンドでもなく、技術革新に裏打ちされた、50年先を見据えて今まさに進化している文化である。そんなポリシーに基づき、今後作られるであろうタフヴァイナルによる「アップデートされたアナログレコード」。その音を聴くのが今から楽しみだ。
- 事業情報
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- 『タフヴァイナル』
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タフビーツは2004年に立ち上げたインディーズレーベルです。2019年、私たちはアナログレコード事業の立ち上げという大きなチャレンジに挑みます!動機はいたってシンプルです。ミュージシャンが求める“理想の音”を追求したいから。始動のために、東洋レコーディング株式会社と組み、彼らの持つ工場でアナログレコードを生産する体制を作りました。海外から新たに導入した最新のプレス機を使い、熟練の技術者と一緒に、今世の中に流通しているレコード以上の美しい音を追い求め、今まさに邁進しています。4月から生産ラインがスタート予定です。どんな音が仕上がるのか、まだ私たちも分かりません。でも、私たちがこれまでに信頼関係を築き上げてきたミュージシャンや、職人と一緒に、未だ聴いたことのない最高の音作りをしていきたいと思っています。
※現在「制作デスク」を募集中。応募締切日:2019年5月7日(火)
- プロフィール
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- 神尾元治 (かみお もとはる)
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有限会社タフビーツ代表取締役。高校を卒業後、渋谷CSVという伝説のレコードショップで働きながらバンド活動を始める。30歳の時に当時のバンド仲間に「神尾くんみたいな人が裏方にいたらミュージシャンが喜ぶと思うよ」という言葉を鵜呑みにし、バンド活動に区切りをつけ裏方への道へ方向転換する。喜納昌吉&チャンプルーズの元ギタリスト、平安隆のマネージャーを務め、その後インディーズレーベルのリスペクトレコードに入社。CD制作やマネージメント等を学び、2004年タフビーツを設立。ロック、ジャズ、ワールドミュージック、民謡とジャンルにこだわる事なく、世界中の良質な音楽を発信し続けている。
- 宇都孝志 (うと たかし)
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横浜市出身。大学卒業後、大手総合不動産デベロッパーを経て2001年に現 株式会社HOUSE BUILDを設立。同時に音楽好きが高じてミュージックバー「Sun's cafe」をオープン。ルーツミュージックを中心とした様々なアコースティックライブを行う。2010年には株式会社Recozを設立し、音楽レーベル、マネージメント事業、ブライダル事業等を手掛ける。現在、都市型デザインハウスの開発・分譲事業をはじめ、建築事業、不動産仲介事業など数々のグループ会社を傘下に有する「株式会社HOUSE BUILDホールディングス」の代表取締役CEO。既存のあり方に捉われない総合デベロッパーとして、住む人の豊かで幸せな暮らしをトータルに提案する。
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