日本のCM界の異端児のモットーは、「喜んでもらイズム」
「僕は神童だったんだけど、足が遅くてまったくモテなかった。これが僕のすべてのはじまりでした」。
そう語るのは、CMディレクターの中島信也。1993年に日清食品カップヌードル「hungry?」シリーズで『カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル』の「グランプリ」を受賞した経験を持つ、日本を代表するクリエイターのひとりだ。
今回、中島は「下水道の魅力を『クリエイティブ』の力で若者が再発見」をスローガンに、学生たちがグループごとにクリエイティブに挑戦する「東京地下ラボ」プロジェクトの講師として登壇。「編集」をテーマに雑誌を制作した昨年から(参考:『ケトル』編集長が講義。編集の力で、下水道の面白さに迫る)、今年は趣向を変えて「動画」に取り組むという本プロジェクト。その最初のワークショップが、8月20日に首都大学東京で開催された。
「モテない自分のイメージをどう変えるか? と同じことなんですよね。下水道を盛り上げたいけど、名前が『下水道』だとイメージが良くない。これをどうしたらいいか?」そんな問いかけからはじまった中島のレクチャー。「僕は神童だったので13歳で中学生になりまして」など所々でボケをかましながら自己紹介を済ますと、自身が作詞作曲をしたという“餃子の歌”に乗せて、30年以上にわたって携わってきたCMのアーカイブを紹介していく。
日清食品カップヌードル「hungry?」シリーズ、サントリーDAKARA「小便小僧」シリーズ、サントリー燃焼系アミノ式「グッバイ、運動。」シリーズ、サントリー「伊右衛門」と、日本のCM史を一気見するような濃度。これらのCMを制作する際に中島が常に意識している哲学が「喜んでもらイズム」だという。
中島:人の顔色を伺いながら、楽しませよう、好かれようというのが、僕の目指すところです。これが「喜んでもらイズム」。目の前の人を喜ばすところからはじまり、ひいてはメディアを通じて世界中の人に喜んでもらいたいと考えています。
自慢になりがちな広告を好きになってもらう武器は、「想像力」ならぬ「想像心」
広告の目的は、接してくれた人をなんらかの行動に導くこと。そのために手間暇をかける。今回だと、下水道のマイナスなイメージを払拭して、若い人たちに関心を持ってもらう。そのためには、CMなどの表現を通じてちょっとプラスの印象を持ってもらうことが大事だと、中島は力説する。
中島:ここでいう「ちょっとプラスの印象を持ってもらう」とは、好きになってもらう、贔屓してもらうことです。広告の送り主であるクライアント、今回だと東京都下水道局と生活者の間に、経済における需要と供給を超えた心の関係を築くことです。だから、見る人が喜んでくれるCMを作るべきで、それが表現の最大の目標だと考えています。
中島は、こうした「喜んでもらイズム」の根底にあるのは、想像力ならぬ「想像心」だと付け加える。
中島:僕はいまでも「こんないい方をしたら誤解されないだろうか」とか「こんなことをいったら、誰か傷つく人はいないだろうか」と心を動かしています。伝わらない、聞いてくれない、うまくいかない。これらは当たり前のことで、そこを乗り超えていくのがコミュニケーションの目指すべき姿。だから僕は、「想像心」を磨いて、「喜んでもらイズム」を実践していくことをずっと続けているんです。
中島がこうした姿勢を貫いているのはなぜか。それは広告が自慢だからだという。
中島:自慢をする人って好かれないですよね。でも、自慢したい。だから、嫌われないための魔法が必要です。それを実現できるのがクリエイティブなんです。ホロっとさせるでも、びっくりさせるでも、笑ってもらうでもいい。見る人がどういう感情になるのかを考えることが大切だと思います。それをみなさんも考えてみてください。
持ち時間の50分ぴったりに終わった中島のレクチャー。緩急織り交ぜた話術に学生たちからは盛大な拍手が贈られた。
レクチャーが終わった後は、30分の個人ワークへ。学生たちは、中島が語っていた内容を頼りに、「想像心」を働かせてアイデアを絞り出していく。そしてひとりにつき1分用意された発表で、それぞれが考えたユニークな企画が披露された。それに対して東京都下水道局の広報担当者からは「私たちでは到底思いつかない」と感心の声が。また、中島も「このプロジェクトの美しい姿は広告効果を上げること以上に、東京都下水道局にまつわる面白い映像がいくつも集まることで、それがひとつのゴール。それが実現できそうな発表でした」と太鼓判を押した。
なお、本プロジェクトは10月から映像の制作期間に突入し、2月の成果報告会でお披露目となる。その間には、ライゾマティクス・アーキテクチャーの齋藤精一とNOSIGNER代表の太刀川英輔を迎え、アイデアブレストが行われるそうだ。さまざまな経験を糧に学生たちは、どのような映像作品を制作するのだろうか。半年後が楽しみだ。
- プロジェクト情報
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- 『東京地下ラボ by 東京都下水道局』
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下水道の新たな可能性や魅力を発信する東京都下水道局主催のプロジェクト。昨年度の東京地下ラボは、「下水道の魅力を『編集』の力で若者が再発見」をテーマに、参加学生が各グループで雑誌(ZINE:ジン)を制作。今年度は『クリエイティブ』の力をテーマに、30秒の動画を制作し下水道の魅力を発信する。
- イベント情報
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- 『東京地下ラボ by 東京都下水道局』ワークショップ
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2019年8月20日(火)
八王子市 首都大学東京 南大沢キャンパス
講師:中島信也(東北新社取締役/CMディレクター)
- 『東京地下ラボ by 東京都下水道局』講演会
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2019年10月17日(木)
会場:八王子市 首都大学東京 南大沢キャンパス 講堂小ホール
料金:無料(Peatixサイトより事前登録)
ゲスト:
齋藤 精一(ライゾマティクス・アーキテクチャー)
太刀川英輔(NOSIGNER代表)
- プロフィール
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- 中島信也 (なかじま しんや)
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1959年福岡県生まれ。1982年武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業。同年株式会社東北新社入社。1983年テレビCM演出家となる。主な仕事に、日清食品カップヌードル、ホンダステップワゴン、サントリーDAKARA/燃焼系アミノ式/伊右衛門など。『カンヌ国際広告祭』グランプリ、『米IBA』最高賞など受賞多数。現在、株式会社東北新社取締役副社長。東京ADC会員、武蔵野美術大学客員教授。
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