「ラブ」の裏側に潜む喜びと怒り、そして孤独という感情
ポップミュージックの最も重要な題材は、やはり「ラブソング」ではないかと思う。たとえばそれはThe Beatlesが残したいくつもの素晴らしい楽曲しかり。あるいはThe Smithsにおいてもまたしかり。恋愛における様々なシチュエーションを歌にして描くことで、ポップスにおける優れたソングライター達は人の抱える喜びや怒り、あるいは孤独といった感情をあぶり出し、時にはその恋愛描写を社会のアナロジーとしてリスナーに届けてきた。そこで今筆者の手元にあるThe Drumsの新しいアルバム『Encyclopedia』を聴いてみると、やはりここにもいくつかの「ラブ」が登場することに気がつく。同時にそこでは「別れ」や「喪失」をうかがわせる言葉が並んでおり、それを歌うジョナサン・ピアースの少しうわずった声もどこか切なげだ。本稿ではそんなところに着目しながら、The Drumsのおよそ3年ぶり、通算3作目のアルバム『Encyclopedia』を紐解いていきたいと思う。
洗練された楽曲とファッションによって、瞬く間に注目を浴びた輝かしいスタート
新作について触れる前に、まずは現在に至るまでの歩みをざっと振り返ってみたい。かつては「Elkland」というバンドで活動していたピアースと、同じく「Horse Shoes」というインディーポップユニットを率いていたジェイコブ・グラハム。幼少期からの親友だったというこの二人によって、The Drumsは2008年にブルックリンで結成された。初ライブの当日にアダム・ケスラーとコナー・ハンウィックの二人をメンバーに加入させるという、今にしてみればかなり無謀なやり方で始まったこのバンドは、たまたまそのライブ会場にいたライターの目にとまったことを機に、いきなりその運命を急展開させていく。ほどなくしてイギリスのインディーレーベル「Moshi Moshi Records」からのリリースが決まり、09年にシングル“Let's Go Surfing”でデビューを果たすと、欧米の各メディアは一気にこのバンドの登場を騒ぎ立てはじめ、“Let's Go Surfing”を含む7曲入りEP『Summertime!』で早くもブレイク。The Drumsは結成からわずか1年足らずにして、「2010年に最も注目される新人バンド」となったのだ。
メディアの熱狂ぶりはともかく、“Let's Go Surfing”にはどうしたって胸を躍らせずにはいられないものがあった。50年代のサーフポップを想起させるコーラスと軽やかなイントロの口笛、ひたすらルート音を刻み続けるシンプル極まりないベースラインが印象的なこの曲は、アカデミックな視点で次々と新たなサウンドを世界に発信していた00年代後半のブルックリンから、満を持してヒップなスターが登場したことをさらりと告げているようでもあったし、実際にThe Drumsはそのビジュアルにおいても鮮烈だった。暗闇のビーチを四人が颯爽と駆ける“Let's Go Surfing”のミュージックビデオは、彼らが時代に選ばれたバンドであることを大いに予感させたし、特にピアースの丁寧に刈り込まれたブロンドのヘアスタイル、股上の深いロールアップジーンズというファッションは実にスマートだった。
その勢いのまま、彼らはセルフタイトルのファーストアルバム『The Drums』をリリースする。The Drumsの洗練された楽曲およびファッションからこの時点で見て取れたのは、すでに過ぎ去った時代への憧憬だ。つまり、彼らが目指すのは50年代以降のポップスを現代的にアップデートすることではなく、むしろ過去のスタイルに倣い、それに忠実な美しいフォルムを今に構築することだったのではないか、と。そして、恐らくそうした志向は貧しくて孤独だったというピアースの少年時代と無関係ではないだろう。『The Drums』は非常にアップリフティングな作品だが、そこで歌われる内容は決して楽天的なものではない。それを端的に示すのが、親友との死別を歌った曲“Best Friend”だ。ミニマルな楽曲展開のなかでピアースが「先立たれた自分はどう生きればいいのか」と歌うこの曲は、彼がノスタルジックなサウンドを纏いながら、同時に自分たちが生きるキツい現実とも向き合っていることをうかがわせた。
順調に階段を上る裏側で起きていたキツい現実、それでも前進を続けていた末に起きた分裂
『The Drums』のヒットを受けてバンドはさらに脚光を浴びるが、彼らからすればあまりに唐突だった環境の変化はバンド内に歪みを生むことになり、セカンドアルバムを完成させる前にアダムがメンバーから脱退。バンドは初めて危機的な状況を迎えるが、彼らはそれを乗り越えて2011年に2作目『Portamento』をリリースする。Joy Divisionを想起させる音数の少ないアンサンブルをさらに研ぎ澄ませながら、ピアースとグラハムの音楽的なルーツである80’sシンセポップにも接近したこの作品は、バンドが音楽的に前進していることを印象付ける見事な力作だった。しかし、彼らはここで一度崩したバランスを取り戻すことができず、アダムに次いで今度はコナーまでもが脱退。そして、あろうことかバンドをデビュー時から支えてきたマネージャーまで彼らから離れてしまったのだ。
ここまで読んでいただければ、新作『Encyclopedia』のアートワークに掲載された、ピアースとグラハムがソファの端に寄り添っている写真の意味するものがなんとなくわかるかと思う。敬虔なキリスト教徒である両親のもと、超保守的な家庭環境のなかで十分な愛情を受け取ることなく育ったピアースにとって、The Drumsとはようやく自分を解放することが許される場であり、その活動を共にするメンバーは家族に等しい存在だったようだ。しかし、そのメンバーはバンドが疲弊していくなかで一人ずつ離れていってしまう。ピアースとグラハムはまた、二人だけになった。
人生の悲劇を味わった人の目だけに映る、ダークな世界とその先の美しさ
しかし、失意の底にあった彼らは再びThe Drumsを始動させると決める。彼らがそう決断するに至ったきっかけが何だったのかはわからないが、恐らくそこにはピアースが結婚したこともいい影響を与えたのではないかと思われる。というのも、彼は昨年、SNS上に「Married!」というコメントを添えて、同年代の男性と仲良く手をつないだ写真をアップしているのだ。自分がゲイであることをカミングアウトしたことは、間違いなく彼の人生にとって大きな転機だったはずだし、それが創作へのエネルギーにつながったことは想像に難くない。かくしてピアースとグラハムは1年という期間をかけて、二人でこの『Encyclopedia』という作品を完成させたのだ。
シンセサイザー主体のアレンジワークをさらに突き詰め、ラフなサウンドプロダクションで仕上げられたこの作品は、The Drumsがこれまでにリリースした作品のなかで最もダークな作風といえるだろう。そして、『Encyclopedia』に収録されている楽曲の多くは、一聴すると「別れ」や「喪失」を扱ったラブソングに聴こえるが、同時にそのリリックはそのままバンド内で起きた出来事にも置き換えられるのだ。あるいは1曲目の“Magic Mountain”をはじめとして、アルバム中に何度か登場する「Mountain」という言葉は、今のThe Drumsが“Let's Go Surfing”で一気に注目を集めた頃とは別の場所にいる、ということを暗に示しているのかもしれない。どちらにせよ、The Drumsは帰ってきた。彼らはこの3年間に味わった苦い経験や苦悩をポップソングに昇華させ、『Encyclopedia』という悲しくも美しい作品を見事に完成させたのだ。
- リリース情報
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- The Drums
『Encyclopedia』日本盤(CD) -
2014年9月10日(水)発売
価格:2,290円(税込)
Tugboat Records Inc. / TUGR-0161. Magic Mountain
2. I Can't Pretend
3. I Hope Times Doesn't Change Him
4. Kiss Me Again
5. Let Me
6. Break My Heart
7. Face Of God
8. U.S. National Park
9. Deep In My Heart
10. Bell Laboratories
11. There Is Nothing Left
12. Wild Geese
13. The Rules of Your Life(Bonus Track)
14. We Found It(Bonus Track)
※歌詞、対訳、解説付き
- The Drums
- プロフィール
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- The Drums (ざ どらむす)
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子供の頃にサマーキャンプで知り合ったジョナサン(Vo)、ジェイコブ(Gt)を中心に、2008年に結成されたアメリカ・ニューヨークはブルックリン出身のバンドThe Drums。デビューEP『Summertime』を2009年リリース。デビューアルバム『The Drums』の発売(2010年6月)に先駆け、初来日公演を果たす。公演はソールドアウト。同年サマーソニックで再度来日を果たし、ここ日本でも人気を決定づける。2011年東日本大震災を受けてチャリティーシングルを発表。その後、ライブ活動、暫くの長期休暇を経て、今年7月突如サードアルバム『Encyclopedia』のリリースを発表。彼らは音楽面のみならす、ファッションセンスに置いても定評があり、元Dior Homme、現在はイヴ・サンローランのクリエイティブディレクターを務めるエディ・スリマンまでもが溺愛し自らアーティスト写真を撮ったほど。
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