紋切り型のファッション広告を一蹴する、イメージの魔力に満ちたグラフィック
ファッション広告、それらの多くは退屈だ。美しいモデルが身にまとう服や雑貨、影のないライティング、シンプルなブランド名、それらの紋切り型の要素で、巷の多くのファッション広告は作られている。特にラグジュアリーブランドの広告は、それらの約束事が顕著だろう。即座にどのブランドかはわかるが、再度見返したくなるようなサムシングはない。
だがこのパリの二人組、M/M(Paris)(以下、エムエムパリスと表記)の手がけるものは毛色がかなり異なる。ミカエル・アムザラグとマティアス・オグスティニアックからなるエムエムパリスが手がけるファッション広告またはレコードジャケットは、一瞥しただけで即座に理解出来るようなインスタントな表現ではない。それらは口当たりのいい解答ではなく、美しい疑問符だ。絵のようなタイポグラフィー、様々な写真のコラージュ、またはシンプルでも何か抽象性を帯びた写真のディレクション。エムエムパリスのグラフィックイメージは、イメージの魔力に満ちた魅惑的で危ない輝きを放っている。
トップブランドから世界のビッグアーティストまで手がけ、グラフィックデザインの頂点へ
彼らが注目を集めたきっかけは、1990年代のヨウジヤマモトの広告やカタログである。90年代の写真の流れを変えたデヴィッド・シムズ(モダニズムの印象深い作風でよく知られるイギリスの写真家)、クレイグ・マクディーン(『VOGUE』や『i-D』『THE FACE』といった雜誌の表紙など、主にファッション関係で活躍)、イネス・ヴァン・ラムスウェルド&ヴィヌード・マタディン(『i-D』などで活躍する世界的なファッション写真家)といった気鋭の写真家を大胆に起用し、独自に作り上げたタイポグラフィーと凝った印刷技術で、ヨウジに斬新なイメージを与え続けていた二人に僕は是非会いたいと思い、パリのアトリエを訪れたことがある。97年のことだ。まるで実験室の研究者のような探究心を持って、グラフィックや写真のことを熱く語る二人とすっかり打ち解け、以後、パリに訪れる度に彼らのアトリエを再訪するようになり、僕自身が発行人&編集長を務めたインディーズの雑誌『コンポジット』のリニューアルの際のロゴもお願いした。そのひとつのロゴのために、約100種類ものバリエーションのロゴが送られてきた時は、すべての完成度の高さとアイデアの豊富さに度肝を抜かされたものだ。
2000年代以降の二人は、カルバン・クライン、ディオールオム、バレンシアガ、A.P.C.など世界でもトップクラスのファッションブランドのキャンペーン、さらにはBjorkの一連のジャケット&アートワーク、マドンナ、カニエ・ウェストなど音楽界のビッグアーティストたちのジャケットを次々と手がけ、自分たちの名前を冠した香水まで発売するなど、今や世界のグラフィックデザインの頂点に立つ存在と言っていい。
エムエムパリスによる、新しくも懐かしいパルコ広告
そのエムエムパリスが、この秋のパルコのキャンペーンを手がけた。写真家は今注目のオランダの女性写真家ヴィヴィアン・サッセン。ファッションとドキュメンタリーの両方を横断する写真家で、現実がシュールに感じられる演出力を持った作風で知られる。モデルはリリー・マクメナミー。90年代のスーパーモデル、クリスティン・マクメナミーの娘でマーク・ジェイコブスの広告などで一気にブレイク中のイットモデル。僕はこの母親の方と1992年にパリで仕事をしている。そのときの写真家はパリ在住の世界的写真家の七種諭(さいくささとし)さん。クリスティンのヌードを含むファッション撮影だったが、長時間の撮影中、彼女は撮影で服を着るとき以外はずっと全裸のまま、周囲を気にすることなくスタジオ内をうろつく大胆なキャラだったのを覚えている。デビュー時からヌードもいとわないリリーは、母親の大胆さを受け継いだと言える。
注目の広告は、海辺で巨大な顔のオブジェと戯れるリリーの様子を描いた詩的なイメージ。モダンでありながらも、どこか懐かしさを感じさせる仕上がりでもある。
この広告について、エムエムパリスの二人はこう語っている。
「パルコの広告、それは私たち二人がアートスクールの学生だった頃から常に、憧れとも言える芸術作品でした。私たちのキャリアにおいてもまた、あの数々の心に残る広告表現に大きな影響を受けたと言えるでしょう。パルコのポスターを見ていなかったら、グラフィックデザインのスタジオではなく、レコード店を開いていたかもしれません」
そう、このエムエムパリスによるキャンペーンは、極めて2014年を感じさせる国際級の広告イメージでありながらも、実はパルコの原点回帰的な広告でもある。それは商品を伝えるというよりも、先鋭的なイメージ、さらにはその先にある企業の姿勢を伝える広告、と言えばいいか。先の発言にあるように、二人は石岡瑛子や井上嗣也が手がけた70年代後半~80年代のパルコの斬新な広告イメージに多大な影響を受けているのだ。
09年の東京タイプディレクターズクラブ(TDC)の受賞作品展のオープニングに伺った際に、エムエムパリスの二人も招待されて会場にいたのだが、その場で、自身の作品集『INOUE TSUGUYA GRAPHIC WORKS 1981~2007』でブックデザイン賞を受賞した井上嗣也氏を見つけて、二人はモジモジと僕に「ミスター・イノウエを紹介してくれ」というので紹介したことがある。二人は井上氏に「あなたがいなかったら、僕らはファッションの仕事をやってないと思います」といじらしく信仰告白したのだった。
このパルコの広告は、往年のパルコのDNAをパリの二人が継承しアップデートした、隔世遺伝の賜物だ。広告は単なる伝達ではなく、触発だと信じる力がここに見事に受け継がれている。
- キャンペーン情報
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- 「PARCO 2014 AW」キャンペーン
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秋からの年間シーズン広告キャンペーンに、フランスのデザインチーム「M/M (Paris)」(エムエムパリス)を起用。フォトグラファーはヴィヴィアン・サッセン、モデルは、リリー・マクメナミー。2014年7月に、オランダの海岸線で撮影された本広告は、「Lily, from Solstice to Solstice」と題し、リリーとフェイスオブジェ、ゴールデンヘッドが美しく絡み合いながら、1年間という時間の継続性を表し、四季の移り変わりを追うというコンセプトで、ファッションの永続性を表現している。2014年 AW は、8/18(月)から全国パルコ館内外にて掲出開始。2015年SSは、2015年1月中旬から公開予定。
- プロフィール
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- M/M (Paris)(えむえむぱりす)
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ミカエル・アムザラグとマティアス・オグスティニアックによって1992年に結成された、パリを拠点に活動するクリエイティブユニット。20年以上にわたりファッション、アート、音楽、デザインと多分野において活躍し、象徴的かつ影響力の強いデザイン&アートで世界中の人々を魅了させている。彼らの手掛ける多くの作品でオリジナルのタイポグラフィを用いられることがあり、表現方法の一つとしてタイポグラフィの重要性の高さが窺え、2003、2004、2012年度の東京TDC賞(タイポディレクターズクラブ)も受賞。また、ファッション、音楽関係の仕事が顕著で、これまでのコラボレーションワークとして、A.P.C.、Balenciaga、Calvin Klein、Dior Homme、Givenchy、Jil Sander、Loewe、Louis Vuitton、Missoni、Sonia Rykiel、Stella McCartney、Yohji Yamamoto、Yves Saint Laurentなどのビックメゾンやデザイナーが連なる。音楽の分野でも、2013年にグラミー賞の最優秀レコーディング・パッケージ賞を受賞したビョークの『Biophilia』を代表に、ヴァネッサ・パラディ、カニエ・ウェスト、マドンナといった著名アーティストのアルバムアートワークやミュージックビデオを手掛ける他、『Vogue Paris』、『Purple Fashion Magazine』、『Arena Homme+』、『Interview Magazine』等の雑誌のアートディレクションも手掛ける。また、2012年には、活動20周年記念として500ページを越える作品集を出版した。
- 菅付雅信 (すがつけ まさのぶ)
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編集者/菅付事務所代表。1964年生。角川書店「月刊カドカワ」編集部、ロッキグンオン「カット」編集部、UPU「エスクァイア日本版」編集部を経て独立。『コンポジット』『インビテーション』『エココロ』の編集長を務め、出版からウェブ、広告、展覧会までを編集する。2012年より朝日出版社「アイデアインク」シリーズを手がけ、津田大介、園子温、内沼晋太郎などのヒット作を出す(朝日出版社綾女欣伸氏との共編)。また電通のトークセッション「電通デザイントーク」シリーズのウェブ記事、電子書籍(角川ミニッツブック)、紙の書籍(電通発行)も編集。著書に『東京の編集』『はじめての編集』『中身化する社会』等。2014年1月にアートブック出版社「ユナイテッドヴァガボンズ」を設立。下北沢B&Bにて「編集スパルタ塾」を開講中。4月より多摩美術大学で「コミュニケーション・デザイン論」の教鞭をとる。
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