ニール・ヤングがスターバックス不買運動を起こした理由。「GOODBYE STARBUCKS!!!」の衝撃

「私はこれまで毎日ラテを買ってきたが、昨日が最後になった」

ニール・ヤングの公式ウェブサイトを開くと、いきなり「GOODBYE STARBUCKS!!!」との宣言が飛び出す。そして、「私はこれまで毎日列に並んでラテを買ってきたが、昨日が最後になった」と続く。一体何が起きたというのか。

遺伝子組み換え食材の使用を明記する制度を条例化したバーモント州に対して、アメリカのバイオ化学メーカー・モンサントが訴訟を起こしている。ニール・ヤングは、このモンサントの訴訟にスターバックスが加わっていることに対し声を上げたのだ。「モンサントにしてみれば私たちが何を考えていようが構わないだろうが、一般社会を相手にしている会社・スターバックスはそうはいかないだろう。この件をしっかりと注意喚起することができれば、スターバックスが訴訟を支持するのを止めさせることができるかもしれないし、その他の企業に対してもプレッシャーをかけることができる」と強い言葉で投げかけている。

なぜニール・ヤングはモンサントを嫌うのか

モンサントという企業は、日本でも2010年に公開されたドキュメンタリー映画『フード・インク』にも登場する。「今やスーパーの加工食品の70%に遺伝子組み換え素材が使われる」と指摘する映画が映し出すのは、空中から多量に撒布される農薬や、ブクブクに太らせるだけ太らせて数歩歩くだけで足が折れてしまう鶏が密集する飼育小屋。映画自体、性悪説に貫かれすぎているきらいはあるものの、大量生産・低コストの裏側で隠されるリスクを追うこの映画で、モンサントは徹底的に叩かれている。

モンサントは政府機関と繋がっているとも言われ問題視されてきたが、「遺伝子組み換え技術に反対する方々は、モンサント・カンパニーや他の会社が政府に対して不適切な行き過ぎた影響力を行使して、遺伝子組み換え技術に有利な法制度や政策を採用させていると非難しています。しかしそうしたことはありません」と牽制してきた。

LGBTや労働条件について進歩的なスターバックス

スターバックスのCEO、ハワード・シュルツは、政治的なスタンスをハッキリと表明する経営者として知られる。昨年にはCNNの会見で、店内に銃を持ち込むのを自粛して欲しいと訴えたことが話題となった。これまで銃の店内持ち込みを認めてきたことに銃の所持を支持する団体が賛辞を送ると、逆に銃の規制を訴える団体がスターバックスに対して持ち込み禁止を訴える署名活動を開始。それに対してシュルツは「これは禁止ではなく、礼儀作法などを考慮したお願いである」(CNN.co.jp)としながらも、銃の持ち込みについて具体的な意見を表明したのだ。

ニール・ヤング自身、スターバックスの経営方針には共振してきた。「スターバックスはこれまでLGBT(Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender)や労働条件について進歩的であった」と評価をした上で、だからこそ、「最たる悪党であるモンサントと組んでいることに失望した」としている。署名サイトで署名を募り、スターバックス側に提出する意向を明らかにし、田舎町が寄り合った人口わずか60万人の小さな州・バーモント州の英断を称え、支持を訴えた。

アメリカにおとずれた「サード・ウェーブ・コーヒー」

映画『フード・インク』には「こんな食事が体に悪いのは知ってるけど野菜1個よりバーガー2個の方が安い」と言いながらハンバーガーに食らいつく若者が映し出される。家庭の貧困や財政悪化が食事のジャンク化に直結する姿は、堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)に詳しい。学校の給食すら「1週間のメニューはジャンクフードのオンパレードだ。ハンバーガーにピザ、マカロニ&チーズにフライドチキン、ホットドッグ……とても子どもたちの健康を考えて作り出されたものとは思えない」とある。政府から学校への援助予算が削減され、給食を無料でまかなえなくなった学校が、マクドナルドやピザハットといった大手ファーストフードと契約することすらあったそう。

とはいえ、『フード・インク』や『ルポ 貧困大国アメリカ』に描かれているのは5年以上も前のアメリカ。近年、アメリカの食の意識が変わりつつあるとルポしたのが佐久間裕美子『ヒップな生活革命』(アイデアインク)だ。チェーン店だらけだったコーヒーショップにも変化が起きている。インディペンデントなコーヒーショップが軒並みオープンし、ポートランドやカリフォルニア、ニューヨークを中心にアルティザン(職人)系コーヒー文化「サード・ウェーブ・コーヒー」が巻き起こっているという。

中間業者を介さずに直接コーヒー豆を買い付けし、淹れ方にもとことんこだわりをみせる店舗が増えてきた。「これまで当たり前に口に入れてきたもの、手にしてきたもの、これまでの衣食住の習慣を考え直そうという流れ」の象徴的存在となっており、「文化の様々なエリアで、エコ、ハンドメイド、オーガニックといった要素を鍵に変革が進んでいる」という。無論、個人や家庭の経済状況に依るところはまだまだ大きいのだろうが、食の意識が徐々に変化している。ニール・ヤングの意識付けが大きな反響を呼ぶのも、こういった風潮と無関係ではないだろう。

一個人として切り開いていく意味を知っている人

9・11同時多発テロの後、ラジオ各局で放送禁止となっていたジョン・レノン“Imagine”を追悼番組で敢えて披露したニール・ヤング。すっかり、エンタメ業界は政治的であってはならないとする前提が漂う日本のシーンに慣れてしまうと、ミュージシャンの1人が「GOODBYE STARBUCKS!!!」と訴える働きかけに、むしろ受け取るこちらがビビってしまうのが情けない。しかし、“Imagine”が放送禁止ではなく単なる自粛扱いだったと知らせたのと同様に、この手の抗議を一個人として切り開いていく意味を誰よりも知っている人なのだ。スターバックスは、モンサントの訴訟に加わっている事実自体を認めていないというが、ニール・ヤングの不買キャンペーンに対する具体的な措置はとっていない。賛否両論あるだろうが、1人のミュージシャンが大企業に刃向かう姿は相当に勇ましい。

プロフィール
ニール・ヤング
ニール・ヤング

1945年カナダのトロント生まれ。66年にロサンゼルスに移り、リック・ジェイムス率いるThe Mynah Birdsを経て、スティーヴン・スティルスらと共にロサンゼルスでBuffalo Springfieldを67年に結成するも、翌年68年に解散。69年にソロデビュー。孤高のレジェンドとしての地位を確立していく。バンクーバーオリンピックの閉会式では、カナダ代表のミュージシャンとしてライブを行った。Pearl Jamとのコラボレーションや、Sex Pistolsのジョニー・ロットンに捧げる曲、Nirvanaのカート・コバーンに捧げる曲を発表するなど、時代の流れを捕えつつ、若手との交流を続けながら既成の枠にはまることなく革新的なギタープレイ / サウンドを生みだし続けている。毎年開催される、障害時教育機関のチャリティーイベント『ブリッジ・スクール・ベネフィット・コンサート』の主宰者としても活動。

武田砂鉄 (たけだ さてつ)

1982年生。ライター/編集。2014年9月、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」で「コンプレックス文化論」、「cakes」で芸能人評「ワダアキ考 ~テレビの中のわだかまり~」、「日経ビジネス」で「ほんとはテレビ見てるくせに」を連載。雑誌「beatleg」「TRASH-UP!!」でも連載を持ち、「STRANGE DAYS」など音楽雑誌にも寄稿。「Yahoo!個人」「ハフィントン・ポスト」では時事コラムを執筆中。インタヴュー、書籍構成なども手がける。

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