磔、獄門、切腹……8種類も処刑方法があった江戸時代
「あんなやつ、市中引き回しにしてしまえ」とは、未だに冗談まじりに放たれる言い回しだ。市中引き回しは、江戸時代に行なわれていた処刑方法の1つだが、刑場まで引き連れていく様を、人々は寄ってたかって見物していたという。江戸時代には「磔、鋸挽き(のこぎりびき)、獄門、火罪、死罪、斬罪、下手人、切腹」と、なんと8種類もの処刑方法があった(下川耿史『日本残酷写真史』)。「鋸挽き」は、犯罪者の顔以外の部分を土の中に埋め、地上に出た首から上をのこぎりで切断していくというあまりにも残忍な処刑法だが、「市民で望む者があれば、のこぎりで首を引いてもよい」(前出書)とされていたのだから驚く。処刑の殆どが公開で行なわれていた時代、人々は「悪」の存在とその成敗に、多大な興味を示していたのだ。
原宿・太田記念美術館で行なわれている『江戸の悪』は、浮世絵の中に描かれている大盗賊・侠客・悪女・ストーカーなど、あらゆる悪者が総集結された企画展だ。大盗賊の石川五右衛門、鼠小僧から、幡随院長兵衛(ばんずいいんちょうべえ)などの侠客、「元祖ストーカー」して紹介される悪僧・清玄と桜姫など、江戸のダークサイドを彩った面々が肩を並べている。
浮世絵はポップカルチャーだった
今では稀少価値が高く、美術品として高値が付けられることの多い浮世絵も、当時はあくまでも庶民の娯楽の1つであり、市井の人々に向けて大量に印刷されるポップカルチャーだった。1枚20文(今ならば400円)程度で購入できたのだから、雑貨屋やミュージアムショップで絵はがきを買う感覚だったのかもしれない。冷蔵庫に貼るお気に入りの絵はがきがその都度変わるように次々と消費されていったし、飽きられてしまった浮世絵は陶器を包む紙などとしても使われていた。東インド会社がヨーロッパに陶器を輸出する際にも包み紙として使用されたが、遠く離れた地で陶器を受け取った側は、その包み紙の鮮やかさに見入ったそうだ。
商業出版物として流通していた以上、大衆を惹き付けるテーマや画風が好まれた。つまりは世相に合うためのマーケティングの結果として「悪」が選ばれていたのだ。日常的に悪人が街道を引き回されていた時代に、その「悪」は、下世話な興味を煽るかのように描き出されることになった。
旅人の頭をかち割る老婆、どこまでも女を追いかけるストーカー
展示されている作品の中からいくつか紹介しよう。歌川国芳『浅茅原一ツ家之図』。浅茅原(あさじはら)という荒地に住んでいた老婆とその娘。この老婆は、石の枕で寝ている旅人の寝床に向かって、石を落とし、頭をかち割って殺害し、金品を得ていた。あるとき、稚児が宿にやってきた。老婆は年齢など構わず、いつものように石で殺すのだが、その稚児は、老婆のやり方に反対していた娘が変装していたものだった。悲嘆に暮れた老婆は、池に身を投げたという。
今回の展示で頻繁に登場する浮世絵師が、「血みどろ絵」と呼ばれる残忍な浮世絵を数多く残した月岡芳年。若き頃から引きこもりがちだった芳年は歌川国芳(江戸時代末期を代表する浮世絵師の一人)の門下となり、殺戮シーンをはじめとしたおどろおどろしい絵を描く力を身に付けていく。本展示にも数作品登場するが、歌舞伎の残酷シーンを描いた血みどろシリーズ『英名二十八衆句』は、ホラー映画のパッケージかデスメタルのジャケットかと見間違うほどグロテスクなものが多い。描かれた血の部分に膠(にかわ)を使うなどして光沢を出し、そのグロテスクさを強調していたというから筋金入り。晩年には精神を患うが、引きこもりがちだった思春期の鬱屈を血みどろ絵で解放していたからか、とても社交的で明るい人物だったそう。
三代歌川豊国『東都贔屓競 二 清玄桜姫』はストーカー男を描いたもの。清水寺の僧である清玄が惚れ込んだ桜姫に言い寄るものの、なかなか相愛の関係にはなれない。その後、桜姫に逃げられるが、ひたすら猛アピール。あまりのストーキング行為にしびれを切らした桜姫側の人間に殺されてしまう。しかし、清玄は死んでもなお桜姫を追いかけ続け、幽霊となって現れるのだった。浮世絵という江戸時代のポップカルチャーは、当時の大衆が「下世話」なストーリーを娯楽として楽しんでいたことを改めて教えてくれる。
「悪」は、いつだってエンターテイメントだ
昨年話題になった1冊に、原田実『江戸しぐさの正体』がある。現代の教育現場にも持ち込まれてきた江戸商人たちの優れた所作「江戸しぐさ」を、押し並べて虚偽であると言い切った1冊だ。たとえば、有名なところでは「傘かしげ」。雨の日に人とすれ違うときに、双方が傘を外側に傾けてしずくがかからないようにする風習があったとされてきたが、そんな風習は後々作られたものだった。個々の家が道に面したところに作業場や調理場を設けていた時代、「傘かしげ」などやられた日には「すれ違う相手の代わりに人の家に水をぶちまけるおそれがあった」のだ。この虚偽を証明する手がかりになったのが、歌川広重の名所絵シリーズ『名所江戸百景』の1作品『大はしあたけの夕立』。雨の中を行く人々は傘をかしげることなく、傘をすぼめるように歩いている。大衆文化を知らせてきた浮世絵が、今を流れる伝統が偽りであることを教えてくれたのだ。
「悪」は、人の興味を惹き付ける。こうして江戸時代から残された確かな歴史を「悪」という視点で味わうと、いつの時代も下世話且つ恐怖を奮い立たせるエンターテイメントが提供されていたのだと実感する。浮世絵が大衆の暮らしを伝える史料であることに間違いはないが、当時の人々がどのようなものに即物的な感情を委ねていたのかを知る手がかりにもなる。そこには「悪」という大きなテーマがあった。いつの時代も「悪」はバラエティーに富んでいるのである。
[参考文献]
下川耿史『日本残酷写真史』(作品社)
奥野卓司『江戸〈メディア表象〉論』(岩波書店)
原田実『江戸しぐさの正体』(星海社新書)
堀口茉純『UKIYOE17』(中経出版)
- イベント情報
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- 『江戸の悪』
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2015年6月2日(火)~6月26日(金)
会場:東京都 原宿 太田記念美術館
時間:10:30~17:30(入館は17:00まで)
休館日:月曜
料金:一般700円 大高生500円
※中学生以下無料
- プロフィール
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- 武田砂鉄 (たけだ さてつ)
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1982年生まれ。ライター / 編集。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!ニュース個人」「マイナビ」「LITERA」「beatleg」「TRASH-UP!!」で連載を持ち、「週刊金曜日」「AERA」「SPA!」「beatleg」「STRANGE DAYS」などの雑誌でも執筆中。著書に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。
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