日本最大級の「尖った」舞台芸術祭『F/T15』、全12演目の中から厳選して見どころを紹介

あらゆる「境界」をテーマにした、日本最大の国際舞台演劇祭

2009年にスタートした日本最大の国際舞台芸術祭『フェスティバル/トーキョー』(以下『F/T』)。8回目を迎えた今年は、10月31日から12月6日まで12演目(+3企画)の主催プログラムを実施。また、今年は『アジア舞台芸術祭2015』(「家族」「コメ」などのユニークなテーマが特徴で、今年のテーマは「雨」)が同時開催となり、「トーキョー」のあらゆる場所をエネルギーに溢れた、「祝祭=フェスティバル」の空間へと変身させる。

『F/T14』オープニングイベント『Festival Fukushima!』の様子 撮影:菊池良助
『F/T14』オープニングイベント『Festival Fukushima!』の様子 撮影:菊池良助

昨年からの、複数ディレクターが上演プログラムを決定する新体制ディレクターズコミッティを引き継いだだけでなく、フェスティバルのテーマも連続性のあるものが選ばれた。今年のテーマは「融解する境界」。「ゆうかい / きょうかい」と韻を踏んだ響きに込めたものを、ディレクターズコミッティ代表の市村作知雄は、記者会見の場でこのように語った。

「昨年のテーマは『境界線上で、あそぶ』でしたから、今年はいわば『境界』シリーズの第2弾になります。アートの境界、アーティストとアクティビストの境界……そういったさまざまな境界線が世界から溶けて消えていくだろうという意味ですが、これは同時に『多様性』について強く意識したものでもあります。昨年、ヨーロッパ主要国の首脳陣が『多様性は失敗に終わった』という旨のコメントを出しました。私としては『そう簡単に失敗させるな!』と言いたいのですが(苦笑)、やはり欠陥もあって、多様性が民族や国家間の対立を解決する手段として機能していないのも事実です。それを踏まえ、多様性のなかにいかに対立を含ませるかを考えて、作品を選びました」

『F/T15』メインビジュアル
『F/T15』メインビジュアル

日韓共通の人気スポーツ「野球」をテーマに、野球嫌いの男、野球好きの妻、メジャーリーガーのイチロー(役)が登場

というわけで、『F/T15』から注目作をいくつか紹介。まずは、ヨーロッパ、アジアでの人気も高いチェルフィッチュの岡田利規が作・演出する『God Bless Baseball』。今秋、韓国でオープンするアジアンカルチャーコンプレックス「アジアンアーツセンター」のオープニング作品でもある同作には、日韓共通の人気スポーツ「野球」をテーマに、野球嫌いの男、野球好きの妻、メジャーリーガーのイチロー(役)が登場。野球文化を介して、日本と韓国、そして両国に大きな影響を与えるアメリカについての内容になるという。演出の岡田、出演者の捩子ぴじん、舞台美術の高嶺格、共に「野球が大嫌い!」な三人だというのも面白い。演劇、コンテンポラリーダンス、現代アートを代表する実力派の野球嫌いたちが野球について考える野球演劇でもある。

岡田利規『God Bless Baseball』イメージビジュアル ©野口路加
岡田利規『God Bless Baseball』イメージビジュアル ©野口路加

気鋭の韓国人作・演出家ソン・ギウンと、東京デスロック主宰の多田淳之介による『颱風奇譚』も、日韓の関わりをテーマにした新作。20世紀初頭の韓国の孤島を舞台に、シェイクスピアの古典『テンペスト』を下敷きにした物語が展開する。同作の制作には日韓3つのアートセンターが関わるが、その1つ「安山文化芸術の殿堂」のある韓国・安山市は、昨年4月に起きた韓国フェリー転覆事故で多くの在学生が亡くなった高校がある市でもある。大嵐による船の難破から始まる和解と再生の物語『テンペスト』が、現代の韓国、そして日韓の複雑な歴史を照射するだろう。

ソン・ギウン+多田淳之介『カルメギ』(2013年10月) Doosan Art Center ©Doosan Art Center
ソン・ギウン+多田淳之介『カルメギ』(2013年10月) Doosan Art Center ©Doosan Art Center

ゾンビ音楽と理論家と悪魔のしるしによる「死の舞踏」

先に挙げた2つが、国と国の境界を問うものだとすれば、『ゾンビオペラ 死の舞踏』は、クロスジャンルを目的とした新作。機械じかけの楽器を制作し、独自の「ゾンビ音楽」を提唱する音楽家・安野太郎、音楽を専門とするドラマトゥルク(芸術を理論的に検証する特殊アドバイザー)渡邊未帆、そして巨大な構造物を室内に無理矢理搬入する『搬入プロジェクト』で知られる悪魔のしるし主宰・危口統之の三人ががっぷり四つに組み、中世ヨーロッパで流行し、500年以上にわたって多くの芸術家にインスピレーションを与え続ける芸術表現様式「死の舞踏」を現代日本に転生させる。

安野太郎+渡邊未帆+危口統之『ゾンビオペラ 死の舞踏』イメージビジュアル 撮影:松本和幸 イラスト:古泉智浩
安野太郎+渡邊未帆+危口統之『ゾンビオペラ 死の舞踏』イメージビジュアル 撮影:松本和幸 イラスト:古泉智浩

最先端テクノロジーを皮肉るような新たな音楽を立ち上げようとする作曲家の「音楽」。知性をもって芸術表現に挑むドラマトゥルクの「理論」。実験的な思考と試行の海に埋没しながらも奇跡の逆転満塁ホームランを狙う演出家が作る「美術」。何事もしばしば考えすぎてしまいがちなタイプの三者(でもアーティストとはそういう人たちでもあるのだ)による、ジャンルを超えた「たくらみ」に期待したい。

『第58回岸田國士戯曲賞』を受賞した飴屋法水『ブルーシート』が待望の再演

そして待望の再演となるのが飴屋法水による『ブルーシート』だ。同作は、2013年に福島県立いわき総合高等学校の生徒たち10名が出演し、震災の被害が生々しく残る高校の校庭で上演された。生きること。死ぬこと。記憶すること。忘れてしまうこと。そして、希望。震災によって生じた状況や不条理に取り組んだ同作は、わずか2ステージという限定された公演にも関わらず『第58回岸田國士戯曲賞』を受賞するなど、大きな話題を呼んだ。今秋のいわき総合高等学校での再演に続き、豊島区の元中学校グラウンドで行われる東京公演には、オリジナルメンバーと新たな出演者が迎えられる。福島と東京という、地理的な結びつきと心理的な隔たりを同時に感じさせる2つの場所での再演は、いかなる「境界」を露わにするだろうか。

飴屋法水『ブルーシート』(2013年)会場:福島県立いわき総合高等学校 写真:奥秋圭
飴屋法水『ブルーシート』(2013年)会場:福島県立いわき総合高等学校 写真:奥秋圭

この4演目以外にも、オープニングを飾る宮城聰(静岡県舞台芸術センター芸術総監督)演出の『真夏の夜の夢』、アンジェリカ・リデル『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』、ミャンマー特集『ラウンドアバウト・イン・ヤンゴン』など、国内外の話題作が広く集まっているのが、今年の『F/T15』の大きな魅力だ。これらを通覧することで、日本における現代演劇のある潮流を知ることができるだろう。もちろん、長い歴史を持つ歌舞伎や新劇、1970年代後半以降に隆盛した商業演劇や小劇場演劇とは、やや異なる流れに位置するものではあることは頭に入れておきたい。けれども多文化主義やグローバリズムを経験し、インターネット上で感じるオルタナティブな世界感覚が共有され、そして2020年に『東京オリンピック』を控えた日本の今を考えるうえで、『F/T15』に登場する作品群は、さまざまな示唆を与えてくれるだろう。

宮城聰(静岡県舞台芸術センター芸術総監督)演出『真夏の夜の夢』 photo:K.Miura
宮城聰(静岡県舞台芸術センター芸術総監督)演出『真夏の夜の夢』 photo:K.Miura

アジアシリーズ vol.2 ミャンマー特集『ラウンドアバウト・イン・ヤンゴン』©Manami Inose(NORANEKO DESIGN)
アジアシリーズ vol.2 ミャンマー特集『ラウンドアバウト・イン・ヤンゴン』©Manami Inose(NORANEKO DESIGN)

舞台芸術は、広く社会につながろうとする志向性を起源に持つもの

「融解する境界」は、人間や表現の多様性を尊重しながら、異なる事物の交流を促す、文化の「melting pot(るつぼ)」になるだろうか。あるいは融解したと思われた境界は再び固化し、対立や衝突を明確化する新たな境界線の線引きに寄与するだろうか。そのどちらを肯定し否定するかの判断はさておき、その推移に目を向けつつ議論する場に『F/T15』がなることを願いたい。紀元前5世紀に生まれたとされるギリシャ悲劇が、トロイア戦争の歴史を学び、社会システムを構想する場であったように。はたまたコメディア(ギリシャ喜劇)が、今ある現実を批評的に分析するものであったように、舞台芸術は広く社会につながろうとする志向性を、起源に持つものなのだから。

イベント情報
『フェスティバル/トーキョー15』

2015年10月31日(土)~12月6日(日)
会場:
東京都 東京芸術劇場、あうるすぽっと、にしすがも創造舎、アサヒ・アートスクエア、池袋西口公園、旧第十中学校
埼玉県 彩の国さいたま芸術劇場
ほか

『フェスティバルFUKUSHIMA!@池袋西口公園』

2015年10月31日(土)、11月1日(日)
会場:東京都 池袋西口公園
総合ディレクション:プロジェクトFUKUSHIMA!、山岸清之進

SPAC - 静岡県舞台芸術センター
『真夏の夜の夢』

2015年10月31日(土)~11月3日(火・祝)
会場:東京都 西巣鴨 にしすがも創造舎
演出:宮城聰
作:ウィリアム・シェイクスピア『夏の夜の夢』(小田島雄志訳)より
潤色:野田秀樹
音楽:棚川寛子

ゾンビオペラ
『死の舞踏』

2015年11月12日(木)~11月15日(日)
会場:東京都 西巣鴨 にしすがも創造舎
コンセプト・作曲:安野太郎
ドラマトゥルク:渡邊未帆
美術:危口統之

地点×空間現代
『ミステリヤ・ブッフ』

2015年11月20日(金)~11月28日(土)
会場:東京都 西巣鴨 にしすがも創造舎
作:ヴラジーミル・マヤコフスキー
演出:三浦基
音楽:空間現代

『ブルーシート』

2015年11月14日(土)、11月15日(日)、12月4日(金)~12月6日(日)
会場:東京都 江古田 旧第十中学校
作・演出:飴屋法水

『God Bless Baseball』

2015年11月19日(木)~11月29日(日)
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
作・演出:岡田利規

富士見市民文化会館 キラリふじみ

2015年11月26日(木)~11月29日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターイースト
作:ソン・ギウン
演出:多田淳之介

『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』

2015年11月21日(土)~11月23日(月・祝)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 プレイハウス
作・演出・美術・衣裳:アンジェリカ・リデル(アトラ・ビリス・テアトロ)

パリ市立劇場
『犀』

2015年11月21日(土)~11月23日(月・祝)
会場:埼玉県 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
作:ウジェーヌ・イヨネスコ
演出:エマニュエル・ドゥマルシー=モタ

ギンタースドルファー/クラーセン
『LOGOBI 06』

2015年11月26日(木)~11月29日(日)
会場:東京都 浅草 アサヒ・アートスクエア

ゲーテ・インスティトゥート韓国×NOLGONG
『Being Faust - Enter Mephisto』

2015年11月19日(木)~11月22日(日)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 シアターイースト
構成:ピーター・リー

<アジアシリーズ vol.2 ミャンマー特集
『ラウンドアバウト・イン・ヤンゴン』

2015年11月13日(金)~11月15日(日)
会場:東京都 浅草 アサヒ・アートスクエア
構成・出演:ティーモーナイン
演出・出演:ニャンリンテッ
音楽・出演:ターソー

アーツカウンシル東京


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