密やかに巻き起こる社会現象「パパ活」を脚本家・野島伸司が描く
「パパ活」という言葉を聞いたことがあるだろうか。カラダの関係ナシ、デートをするだけで金銭的支援をしてくれる男性との交際を意味する語であり、すでに社会的なステータスを築いた男性と、日々を生き延びるための金銭を求める女性の間で、今密やかに社会現象となっているのだ。
いかがわしいと思う? いや、そうじゃない、ここには新たな男女の関係性があるんだ――そう訴えかけてくるかのようなドラマ『パパ活』を、野島伸司が新たに書き下ろした。野島といえば、1990年代から、ドラマ『高校教師』『未成年』といった話題作を手掛け、現代社会をさまよう人間同士と、その魂の邂逅を描いてきた脚本家だ。今作は、配信元のdTVが行なった会員限定試写会において、全編を観た参加者の92%が満足だったと答えたほど、期待度が高まっているドラマでもある。
活写される、他者と「想像したような関係」になれない焦燥
母親に恋人ができたために家を追い出されてしまった、ごく普通の女子大生・杏里(飯豊まりえ)。突然に居場所がなくなり、ネットカフェに泊まらざるをえない日々が続くなか、彼女が救いの手を求めたのが「パパ活サイト」であり、目の前に現れたのが、航(渡部篤郎)という45歳の男だった。
眠ることのできる部屋に案内され、自分はあっさりその場を去る航に驚きながらも、杏里は久々の安心した眠りに落ちる。そして翌日、航と思わぬ形で再会を果たし、二人の奇妙に乾いた、しかし、だからこそお互いを求める独特の関係性は、徐々に深まっていくのだった。
女子大生・杏里を演じる飯豊まりえ。『パパ活』 ©エイベックス通信放送/フジテレビジョン
杏里がパパ活サイトで出会った45歳の男性・航。『パパ活』 ©エイベックス通信放送/フジテレビジョン
杏里が両親や彼氏、友人に対して抱くように、人は身の周りの他者たちと、ドラマ内のセリフを借りるなら「想像したような関係」になれない焦燥をいつも秘め持っている。航も妻との間にそうした感情を抱え、だからこそ杏里に近づいた。しかも、どうやらそうした思いは、過去のあるトラウマを抱えているからのようなのだが――。杏里と航の出会いの後は、こうした謎含みの展開が続き、「パパ活」にいそしむ人々が抱える思いの丈が活写されていく。
日本社会のなかで「パパ活」が占める現在位置
物語の後半も野島作品らしく、人間の奥底に渦巻く複雑な感情が、登場人物を突き動かし、予想もしない真相が明らかになっていく。かつてドラマ『家なき子』(1994年)で「同情するなら金をくれ!」という名ゼリフを生み出した、強烈なエモーションごと、切迫したリアリティーをぶつけてくる野島節は、この点において健在だ。
航が杏里という存在を必要とする要因となった「ある事件」に象徴されるように、人が本来なら見知らぬ他者に助けを求めるとき、その心にはキレイごとだけではない、ドロドロとしてさえいるような情念が奥深く潜んでいるだろう。だからこその切実さでもって、航と杏里は互いに手を取り合ったわけであり、ドラマは文字通りドラマティックになっていくのだ。
人生に欠落を抱え込んでしまい、哀愁を滲ませる男を演じさせたら右に出る者はいない渡部篤郎と、理想と現実の狭間で揺れ動きながらも、エネルギッシュに我が道を進もうとする女子大生を溌溂と演じる飯豊まりえが、物語世界の中心を担っている。
航の妻や杏里のバイト先のレストランのスタッフたち(オーナーは、航の古い友人でもある)も、パパ活という現象を取り巻く社会との「接点」として立ち上がってくる。自分の夫が、友人が、誰かの「パパ」になっていき、恋心を寄せるバイト仲間が、誰かの「娘」になっていく――そうしたときに彼らが見せる、怪訝な表情、隠しきれない好奇心といった率直な反応は、「パパ活」が日本社会のなかで占める現在位置を、ビビッドに伝えている。
なにげない会話や時間から見える、現代人が抱えるうら寂しさ
ドラマ内で語られるように、「まるで世界で一番の理解者」を求めて、登場人物たちは、そして私たちは、日々を右往左往している。主人公二人が出会って間もない頃、航がこれまでずっと一人で食べてきた自作のサンドイッチを杏里がかじり、絶賛する。航は、たっぷりとバジルをすり下ろすのが美味しさの秘訣なんだと、嬉しそうにサンドイッチ作りのコツを話す。一瞬で終わる、なんてことはないシーンだ。
しかし、このなんてことはない瞬間に、私たちが毎日のなかで少しずつすり減らしている魂は回復していくのかもしれない。仕事に学校に人間関係に、あくせくと動き回り、ランチでさえ一人で口に詰め込むような暮らしのなかで、サンドイッチの美味しい作り方について誰かと笑顔で語らうようなひとときが、果たして今の自分の生活にあるだろうか?
手作りのサンドイッチを食べる杏里と航 / 『パパ活』 ©エイベックス通信放送/フジテレビジョン
スキャンダラスなイメージがまとわりつきやすい「パパ活」という現象の背景には、むしろこうした現代人が抱えるうら寂しさがあり、本当に安堵できる人間関係が欲されているのではないか。そして、「パパ活」が求められる理由もそこにあるのではないかー―全8回のドラマを追いかけていくと、知らぬ間にそっと我が身、我が心に問いを投げかけられている。
野島伸司が探る、「パパ活」という新たな現象の根底にある不変の悩み
「まるで」という留保がある点も重要であり、人は誰かの代わりにはなれない。疑似的な「パパ」と「娘」は、果たしてかけがえのない、魂の根において結びつくような関係性に至ることができるのか。家族の枠組みを乗り越えた「社会的な子育て」など、既存の人間関係のフレームが徐々に溶解し、問い直されるようになりつつある今、ドラマという方法において、今日も「パパ活」をしているかもしれない私たちの隣人、あるいは私たち自身のことを、本作は描こうとしている。
つまり、現代社会の合わせ鏡としてのトレンディードラマにおいて、長年の活躍を続けてきた野島伸司の手腕をたっぷり味わえる一本でもある、ということだ。ドラマに幾度も東京の象徴として描かれるのが、スカイツリーでなく東京タワーであるように、私たちの悩める魂のあり方は、時代がうつろっても、そして「パパ活」という新たな現象においてだって、もしかしたらさほど変わっていないのではないか。本作は見る者に、そう語りかけているようだ。
- 番組情報
-
- dTV×FOD共同製作ドラマ
『パパ活』 -
2017年6月26日(月)からdTVで毎週月曜0時に最新話配信
約30分×全8話
脚本:野島伸司
演出:加藤裕将
主題歌:Beverly“Unchain my heart”
出演:
渡部篤郎
飯豊まりえ
健太郎
霧島れいか
橋本さとし
- dTV×FOD共同製作ドラマ
- フィードバック 1
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-