ついにYEN TOWN BANDが再始動を果たした。9月12日に『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015』で12年ぶりのライブが行われ、10月からはツアー、12月2日にはこの日に初披露された新曲“アイノネ”がシングルとしてリリースされる。
前回のインタビューで、小林武史はこの日のライブを「始まりの場にしたい」と語っていた。今の時代にYEN TOWN BANDがやるべき役割があるという意志を見せていた。果たしてそれはどのようなものだったのか。幻想的な空間を作り上げたこの日のライブの模様、そして「見立て」というキーワードから、その意義を探っていく。
里山の特設ステージで無数の羽虫にも大歓迎された、幻想的なYEN TOWN BAND復活ライブ
「これが蝶々だったらいいのにね」。ライブ中、純白のドレスを身にまとったCharaはそう言って笑みを見せた。無数の羽虫がその周りを羽ばたき、スポットライトを浴びて青や緑に光っていた。伝説的ともいえる架空のバンド、YEN TOWN BANDの約12年ぶりの復活。それは、とても神秘的な体験だった。単なる懐古では全くない。2015年の今に、新しい「幻想」のあり方を響かせていた。そのことが、何より印象的だった。
『大地の芸術祭 2015 YEN TOWN BAND @NO×BUTAI produced by Takeshi Kobayashi』ライブ風景
9月12日。新潟県十日町市・津南町で約2か月にわたって開催された『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015』のクロージング前夜に、ライブは行われた。場所はローカル鉄道のほくほく線まつだい駅を降りた先にある、まつだい雪国農耕文化村センター「農舞台」。オランダの建築家グループMVRDVが設計した建物は四方に足が生えたような特徴的な形で、その周囲に現代アート作品が点在している。ステージはその1階部分の中庭に設けられた。円形の特設ステージが中央にあり、観客が360度ぐるりとそれを取り囲むような形だ。争奪戦となったチケットを手にした約千人のファンがそこに集まる。
17時半をすこしまわった開演前。筆者の居た位置からは、ステージの背景に、棚田と、そこに置かれた農作業をする人々の姿をかたどった彫刻作品が見えた。旧ソ連(現ウクライナ)に生まれたアーティスト、イリヤ&エミリア・カバコフが手がけた『棚田』というインスタレーションだ。さらにその向こうには森林と山々の雄大な緑が広がっている。自然とアートが1つになった空間という舞台。その瞬間、プロデュースをつとめる小林武史が『大地の芸術祭』を復活の場に選んだ理由が、少しわかった気がした。
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 Ilya & Emilia Kabakov『The Rice Field』2000年 Photo:Osamu Nakamura
「取り残されたもの」に新しい息を吹き込む、『大地の芸術祭』
その日は、早朝に出発して車を走らせ、午前中に新潟県十日町市に到着した。ライブを観る前に『大地の芸術祭』を実際に観て回ろうと思っていた。編集部からのオファーではない。ライブレポートを書くことまでは決まっていた。しかし、東京から開演時間に急いで駆けつけて、ライブだけを観てトンボ返りで帰っても、結局何もわからないんじゃないだろうか? そんな直感があった。ステージを目撃しただけでは、なぜYEN TOWN BANDが約20年の時を越えて甦り、何をしようとしているのか、その核心の部分を伝えることはできないんじゃないだろうか? そんな風に思って予定を組んだ。
その直感は正しかった。
2000年に始まった『大地の芸術祭』は3年に1度行われ、今年で6回目となる。回を重ねるごとに参加アーティストも動員も増え、今年の来訪者は、7月26日から9月13日までの開催期間で50万人を超えた。規模も広大だ。十日町市と津南町の市街地や里山地域に約380点のアート作品が点在する。エリア全体の面積は東京23区以上になる。とても1日で回りきれる規模ではない。
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』展示風景 草間彌生『Tsumari in Bloom』2000年 photo:Osamu Nakamura
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』展示風景 Richard Wilson『Set North for Japan(74°33’2”)』 photo:Shigeo Anzai
それでも、いくつかの作品を観てまわり、木々の緑と美しい景観の中を車で走り、地域の人たちやボランティアの人たちと言葉を交わすなかで、アート作品だけでなく、その場所にあった空気を少しだけ体感することができた。そして痛感したのは、この芸術祭が「取り残されたもの」に息を吹き込む試みだ、ということ。
豪雪地帯でもある十日町市と津南町の人口は約7万人。過疎化はかなり進行している。道を走っていても、打ち棄てられ朽ちかけた家屋がところどころで目に入る。作品のほとんどは、そういう里山の自然の中に置かれている。廃校になった小学校、再生した古民家そのものが作品になっていたり、そこに宿泊できたりもする。国際的に活躍する著名なアーティストの作品が、地域の風景と、その場所に住む人たちの暮らしに根付いている。
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ』 James Turrell『光の館』2000年 photo:Tsutomu Yamada
なるほど、と思った。いかにアート作品があったからといって、少子高齢化や過疎化の流れ自体を食い止めるのは難しい。大きな現実を芸術の力で変えることはできない。しかし、それを「見立てる」ことはできる。目の前にある対象を別のものになぞらえることで、実在しないものを、あたかもそこにあるかのように思い描くことができる。それを想像させることで「取り残されたもの」に新しい価値や新しい息吹を宿すことができる。そもそも日本庭園における枯山水などに顕著なように、日本文化はそういう「見立て」が得意だ。
だからこそ、『大地の芸術祭』に立つべきは「架空のバンド」だったのだろう。
「みんな元気ですか? グリコです」。映画の主人公・娼婦兼シンガーとして振舞ったChara
18時。日が暮れてあたりが夕闇に包まれた頃、Chara(Vo)、小林武史(Key)、名越由貴夫(Gt)、村田シゲ(Ba)、吉木諒祐(Dr)、加藤哉子(Cho)という六人が姿を現す。大きな歓声がそれを迎え入れる。ライブは『Swallowtail Butterflyオリジナル・サウンドトラック』に収録されたインスト曲“Gold Rush”からスタートした。円形ステージに向かい合うように位置したバンドメンバーのセッションのような演奏を経て、ステージ中央に立ったCharaが最初に歌ったのは“Sunday Park”。アルバム『MONTAGE』の1曲目だ。ピアノとギターのシンプルな演奏に乗せて、彼女の神秘的な歌声が響いた瞬間、その場の空気がガラリと変わる。オーディエンスが息を呑むようにステージを見つめる。
ロックテイストの“Mama's alright”へと続け、歌い終えたCharaは「久しぶり、YEN TOWN BANDです」と声をかける。“上海ベイベ”でコケティッシュなボーカルを響かせると、この日最初のMC。Charaは「みんな元気ですか? グリコです」と名乗った。約20年前の映画『スワロウテイル』の中で彼女が演じた主人公の名前だ。この日の彼女はずっと、映画で描かれる「円都」で暮らす娼婦兼シンガーの「グリコ」として振舞っていた。
続いては「次の曲は、グリコが会ったことのないお母さんに向けて書いた曲です」と語り、アコースティックギターの静かな響きに導かれて“小さな手のひら”の柔らかなメロディーを歌う。映画でも大事な役割を果たしたフランク・シナトラ“My Way”のカバーに続いては、「まだタイトルは決まってないけれど……」と新曲を披露する。バンドメンバーの間では「EL」と呼ばれているらしい、壮大なバラードだ。照明が暗くて歌詞が見えなかったのか、Charaが途中で演奏を止めて歌い直す場面もあったが、曲の持つ壮大なムードに思わず惹き込まれる。
そうしているうちに、いつしか、あたりはすっかり暗くなっていた。「虫ちゃんが……」とCharaがつぶやく。照明の光に吸い寄せられるようにして、沢山の虫が集まってきていたのだ。“She don't care”、“してよしてよ”と曲が進むにつれ、その数はどんどん増え、ステージ上のメンバーやお客さんの顔にもぶつかるくらいになっていく。そのときは何の虫が飛んでいるのかわからなかったが、後に、メモをとっていたノートブックに標本のように1匹が挟まっていて判明する。オオシロカゲロウだった。
終盤は、まるで紙吹雪のように、そこらじゅうにカゲロウが舞っていた。その白い羽根に照明の光があたり、自然にあふれたこの場所ならではの演出となっていた。
ライブの成功を祝う輪の中に見えた、岩井俊二の姿
この日は、新曲“アイノネ”も披露された。MCでは小林武史が「沢山の愛、多様な愛がこの世界にあればいいなという願いを込めた曲です」と丁寧に語る。シンプルだが力強いビートに、優しく包み込むようなメロディーが響く曲だ。歌の中でCharaが何度も「アイノネ」と繰り返す。愛の音、愛の根、愛の値……きっといろんな意味が込められた言葉のはず。初めて聴くオーディエンスの間にもあたたかみのある歌声が響く。
そして、最後は“Swallowtail Butterfly ~あいのうた~”。イントロのアナログシンセの音色の時点で大きな歓声がわきあがり、感動的な余韻を残してライブは終了した。Charaがオーディエンスに手を振り、バンド全員がステージを降り、終演のアナウンスが流れたあとも、熱狂的な拍手はしばらく鳴り止まなかった。
『大地の芸術祭 2015 YEN TOWN BAND @NO×BUTAI produced by Takeshi Kobayashi』ライブ風景
舞台裏に顔を出すと、関係者が顔を揃えていた。演奏を終えたバンドメンバーとCharaが、充実感たっぷりの笑顔で戻ってくる。ライブの成功を祝う輪の中には、映画『スワロウテイル』を手がけた岩井俊二監督の姿も見えた。
岩井俊二はYEN TOWN BANDの復活ライブに際して、以下のようなコメントを発表している。
「スワロウテイル」が公開されたのは1996年。来年で二十年が経つ。
この映画の舞台は円都(イェンタウン)と呼ばれる架空都市。
物語のテーマはお金=貨幣だった。
この映画は僕の中でずっと社会を見るひとつの物差しのようなものとして残り続けた。時代のさまざまな局面で、今、ここがイェンタウンだったら、と、想像を巡らせることが多かった。今、ここがイェンタウンだったら、どんな人々がどんな暮らしをするだろう。どんな冒険が待ち受けているのだろう。そんなことを想像してみるのが、自分の癖のようにすらなっていた。これは僕だけではない。きっと小林さんの中にもあった。現実をイェンタウンと重ね見る行為。そこから何か新しいイマジネーションやクリエイションは生まれないだろうか。 そんな会話も長い間お互いの間で、幾度もなされて来たのだが、ここに来て、にわかに具体的になってきたのは、やはり時代の流れとしか言いようがない。この穏やかならぬ時代なればこそ……。
こうしてイェンタウンバンドが二十年ぶりに動き出すことになった。 活動再開、と呼ぶべきか、そもそもが架空のバンドだったので、リアライズ、とでも言うべきか。ともかく、二十年の歳月を経て、僕らの中でイェンタウンが再び胎動を始めたのは間違いないようである。
小林武史が語っていたように、YEN TOWN BANDは一夜限りの復活ではなく、「架空のバンド」を通して今の時代の現実を見立てるためのプロジェクトとして再び動きはじめた。この日見守っていた岩井も、その「胎動」を感じていたはずだ。
アートは、音楽は、現実を「見立てる」ことができる。架空のバンドが持っている「幻想」の力
ライブを終えた小林武史にコメントをもらうことができた。「一曲一曲、手応えのあるライブでした」と感想を告げ、「やっていて懐かしいというよりも、やはりどの楽曲においても、古さを感じさせませんでした」と語る。やはりYEN TOWN BANDの楽曲の時代を超えた普遍性を実感していたようだ。
『大地の芸術祭 2015 YEN TOWN BAND @NO×BUTAI produced by Takeshi Kobayashi』ライブ風景
ステージの上に立っていて印象的だったことはやはりカゲロウの襲来だったらしく「カゲロウの量は予想以上でした」と言いつつ、「Charaが山台の上に乗っていて、いっそうオーラを放っていたのが良かったです」と告げる。
「“アイノネ”を演奏してから、“Swallowtail Butterfly~あいのうた”へのつながりが、20年の隔たりをつないでくれたような気がします。(“Swallowtail Butterfly~あいのうた”の)Charaのサビからピアノと始まって、シンセによるイントロのメロディーに入るあたりは、やはりぐっとくるものがありましたね」
と、新曲“アイノネ”が今のYEN TOWN BANDの大きなキーポイントとなっていることも語ってくれた。
『大地の芸術祭 2015 YEN TOWN BAND @NO×BUTAI produced by Takeshi Kobayashi』ライブ風景
こうして、YEN TOWN BANDは12年ぶりのライブを終えた。その翌日に今年の『大地の芸術祭』も幕を閉じた。しかし、『大地の芸術祭』が続けていくことを前提にしたものであるのと同じように、YEN TOWN BANDの物語もまだまだこの先に続いていく。
現在決まっているのは10月のライブツアーと12月のシングルリリースのみだ。しかし、おそらくそこで終わることはないだろう。YEN TOWN BANDがこの先にどんなものを描こうとしているのか、まだその全貌はわからない。しかし、この日に気付いたことがある。アートは、音楽は、現実を「見立てる」ことができる。目の前にある対象を別のものになぞらえることで、実在しないものを、あたかもそこにあるかのように思い描くことができる。
あのとき、Charaは「これが蝶々だったらいいのにね」と言った。そのせいか、白い羽根に青い光を浴びた大量のカゲロウは、まるでアルバム『MONTAGE』のジャケットに描かれたアゲハ蝶(Swallowtail Butterfly)のように見えた。
「架空のバンド」は、そういう幻想の力を持っている。だから“アイノネ”という曲も、今という不穏な時代だからこそ見えづらくなっているスケールの大きな「愛」を想像力の力で浮かび上がらせるような曲として、広まっていくのではないだろうか。
そんな予感がした。
『大地の芸術祭 2015 YEN TOWN BAND @ NO×BUTAI produced by Takeshi Kobayashi』セットリスト
1. Gold Rush
2. Sunday Park
3. Mama's alright
4. 上海 ベイベ
5. 小さな手のひら
6. My way
7. (新曲)
8. She don't care
9. してよ してよ
10. アイノネ(新曲)
11. Swallowtail Butterfly
- イベント情報
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- 『JFL presents LIVE FOR THE NEXT supported by ELECOM』
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2015年10月17日(土)
会場:北海道 札幌 Zepp Sapporo
出演:
YEN TOWN BAND
ACIDMAN
Lily Chou-Chou2015年10月22日(木)
会場:東京都 お台場 Zepp Tokyo
出演:
YEN TOWN BAND
amazarashi
Lily Chou-Chou2015年10月25日(日)
会場:福岡県 Zepp Fukuoka
出演:
YEN TOWN BAND
クリープハイプ
Lily Chou-Chou2015年10月26日(月)
会場:愛知県 名古屋 Zepp Nagoya
出演:
YEN TOWN BAND
miwa
藤巻亮太2015年10月28日(水)
会場:大阪府 Zepp Namba
出演:
YEN TOWN BAND
スキマスイッチ
- リリース情報
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- YEN TOWN BAND
『アイノネ』初回限定盤(2CD) -
2015年12月2日(水)発売
価格:1,620円(税込)
UMCK-9796/7[DISC1]
1. アイノネ
2. タイトル未定
3. アイノネ(instrumental)
4. タイトル未定(instrumental)
[DISC2]
・“Swallowtail Butterfly ~あいのうた~”を含む、『大地の芸術祭 2015 YEN TOWN BAND @NO×BUTAI produced by Takeshi Kobayashi』のライブ音源3曲収録予定
- YEN TOWN BAND
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- YEN TOWN BAND
『アイノネ』通常盤(CD) -
2015年12月2日(水)発売
価格:1,080円(税込)
UMCK-55881. アイノネ
2. タイトル未定
3. アイノネ(instrumental)
4. タイトル未定(instrumental)
- YEN TOWN BAND
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- YEN TOWN BAND
『MONTAGE』デジタルリマスター盤 初回限定盤(CD+DVD) -
2015年12月2日(水)発売
価格:6,264円(税込)
UMCK-9798[CD]
1. Sunday Park
2. Mama's alright
3. She don't care
4. Swallowtail Butterfly ~あいのうた~
5. 上海 ベイベ
6. してよ してよ
7. 小さな手のひら
8. My way
[DVD]
・映画『スワロウテイル』(監督:岩井俊二)
- YEN TOWN BAND
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- YEN TOWN BAND
『MONTAGE』デジタルリマスター盤 通常盤(CD) -
2015年12月2日(水)発売
価格:2,160円(税込)
UMCK-15291. Sunday Park
2. Mama's alright
3. She don't care
4. Swallowtail Butterfly ~あいのうた~
5. 上海 ベイベ
6. してよ してよ
7. 小さな手のひら
8. My way
- YEN TOWN BAND
- リリース情報
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- YEN TOWN BAND
『MONTAGE』デジタルリマスター盤(アナログ12inch) -
2015年12月2日(水)発売
価格:2,160円(税込)
UMCK-15291. Sunday Park
2. Mama's alright
3. She don't care
4. Swallowtail Butterfly ~あいのうた~
5. 上海 ベイベ
6. してよ してよ
7. 小さな手のひら
8. My way
- YEN TOWN BAND
- プロフィール
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- YEN TOWN BAND (いぇんたうんばんど)
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岩井俊二監督の映画『スワロウテイル』(1996年)の音楽を担当した小林武史のプロデュースにより、劇中に登場した架空のバンド。ボーカルは、主人公グリコ役を演じたChara。シングル『Swallowtail Butterfly ~あいのうた~』、そしてアルバム『MONTAGE』はオリコンチャートでもシングル / アルバム同時1位となり大ヒットを記録した。9月12日、新潟で開催される『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015』にて、12年ぶりのライブを行い、10月13日からは、19年ぶりの新曲“アイノネ”が全国JFL5局のラジオにて独占オンエア開始となる。さらに10月からは全国5都市を巡るライブイベント『JFL presents LIVE FOR THE NEXT supported by ELECOM』に出演することも発表された。
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